「永遠のゼロ」③ エリートの弱さ

「永遠のゼロ」
第7章 狂気 365ページ
「私、太平洋戦争のことで、いろいろ調べてみたの。それで、一つ気がついたことがあるの」
 「何?」
 「海軍の将官クラスの弱気なことよ」
 「日本軍て、強気一点張りの作戦をとってばかりじやなかったのかな」
 「強気というよりも、無謀というか、命知らずの作戦をいっぱいとっているのよね。
ガダルカナルもそうだし、ニューギニアの戦いもそうだし、マリアナ沖海戦もレイテ沖海戦もそう。有名なインパールもそう。でもね、ここで忘れちやいけないのは、これらの作戦を考えた大本営や軍令部の人たちにとっては、自分が死ぬ心配が一切ない作戦だったことよ」
 「兵隊が死ぬ作戦なら、いくらでも無茶苦茶な作戦を立てられるわけか」
 「そう。ところが、自分が前線の指揮官になっていて、自分が死ぬ可能性がある時は、逆にものすごく弱気になる。勝ち戦でも、反撃を怖れて、すぐに退くのよ」

 「なるほど」
 「弱気というのか、慎重というのか----たとえば真珠湾攻撃の時に、現場の指揮官クラスは第三次攻撃隊を送りましょうと言ってるのに、南雲長官は一目散に逃げ帰っている。珊瑚海海戦でも、敵空母のレキシントンを沈めた後、井上長官はポートモレスビー上陸部隊を引き揚げさせている。もともとの作戦が上陸部隊支援にもかかわらずよ。ガダルカナル緒戦の第一次ソロモン海戦でも三川長官は敵艦隊をやっつけた後、それで満足して敵輸送船団を追いつめずに撤退している。そもそもは敵輸送船団の撃破が目的だったのに。この時、輸送船団を沈めていれば、後のガダル

カナルの悲劇はなかったかもしれない。ハルゼーが言っていたらしいけど、日本軍にもう押しされていたらやられていた戦いは相当あったようよ。その極めつけが、さっき聞いたレイテ海戦の栗田長官の反転よ」
 姉の口から詳しい戦記の話が出てきたので驚いた。相当、様々な本を読んだのだなと思った。
 「なぜ、そんなに弱気な軍人が多いの」とぼくは聞いた。
 「多分、それは個人の資質の問題なのだろうけど、でも海軍の場合、そういう長官が多すぎる気がするのよ。だからもしかしたら構造的なものがあったと思う」
 「どういうこと」
「将官クラスは海軍兵学校を出た優秀な士官の中から皿に選抜されて海軍大学校を出たエリートたちよ。言うなれば選りすぐりの超エリートというわけね。これは私の個人的意見だけど、彼らはエリートゆえに弱気だったんじやないかって気がするの。
もしかしたら、彼らの頭には常に出世という考えがあったような気がしてならないの」
 「出世だってーーー戦争しながら?」
 「穿ちすぎかもしれないけど、そうとしか思えないフシがありすぎるのよ。個々の戦いを調べていくと、どうやって敵を撃ち破るかではなくて、いかにして大きなミスをしないようにするかということを第一に考えて戦っている気がしてならないの。たとえば井崎さんが言ってたように、海軍の長官の勲章の査定は軍艦を沈めることが一番のポイントだから、艦艇修理用のドックを破壊しても、石油タンクを破壊しても、輸送船を沈めても、そんなのは大して査定ポイントが上がらないのよ。だからいつも後回しにされるーーー」
 「でも、だからって、出世を考えていると言うことはないんじやないかな」
 「たしかに穿ちすぎた考えかも知れない。でも十代半ばに海軍兵学校に入り、ものすごい競争を勝ち抜いてきたエリートたちは、狭い海軍の世界の競争の中で生きてきて、体中に出世意欲のことが染みついていたと考えるのは不自然かな。
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