ラングーン刑務所の記録

ラングーン刑務所の記録
最後の日を語る
井手憲兵准尉手記
 

この手記は、小田国夫憲兵大尉、塩田源二中尉が、ラングーン刑務所で「明朝死刑執行」を言い渡されたその日の十数時間に交された会話の記録である。同房内に拘留されていた井手憲兵准尉が、できるかぎり記憶し、房内のトイレ用紙にメモして、持ち帰ったものとされている。
 手記は『鉄輪』(昭和三十五年三月・鉄輪会本部発行)から引用した。
 なお、手記中に出てくる清水中尉、橋口准尉、屋曹長、菅原准尉、渡辺准尉の各氏はシンガポール・オートラム刑務所で処刑されたという。

▼最後は笑って別れよう 
二十号小田大尉、塩田、清水中尉、橋口准尉の四名、一号には宮本、岩城、蔡、鼻野、屋五名及び隣房十九号には渡辺、菅原(以上死刑の宣告を受け確定判決を持っておられる方)は、平常の連り十五時三十分頃夕食を終えて雑談しておられましたが、十五時四十五分頃英人軍曹(パワー)以下二名が来ました。「小田、塩田」と呼び開扉致しました。この時雨宮は坐わっておられましたが、小田「とうとう来たか」
塩田「とうとう来ましたね」と言いながら立ち上り「来い間お世話になりました。じゃ行って来ますから」
 と、二人とも同胞の清水、橋口の二人に笑顔で訣別の握手をされ、廊下に出て一号室の五名の方々にも同様笑顔で、格子の間から出した五ツの手に各々握手、「じゃ皆様行ってきますよ」と二人は英人二名別に「グルカ」兵歩哨に護られて確定判決の言い渡しを受けに出て行かれました。十六時頃戻って来られまして、二人は廊下を歩きとから各房の人々に向かい、「永い間種々御世話になりました、今晩は最後だから御願いしますよ」と笑顔で挨拶して行かれ、小田大尉は十号、塩田中尉は十一号と、向かい合って房に各々移し収容されました。
 (前記方々の外、三、四、五、六、七、へ、十三、十四、十五、十六、十七、十八、の各房には二名宛収容されて居ります)

 二名の英人が帰って間もなく、塩田「小田大尉殿仲良く行きましょう」
小田「ああ、仲良く行きましょう。今日はなかなか親切だったね。何にもせずにここまで連行して来た。彼等にも、日本精神が少しわかったかな」
塩田「ハッハッハッハツ」
 ちょっと間を置いて
小田「おぃ井出准尉ぃるかぃ」「ハイ」
小田「書いたものやその他の品は新山大尉に頼んであるから、清水中尉に言って新山大尉に渡してくれ、森元君はどこか」「ハイ十五号です」
小田「今晩は頼むぞ」「ハイ承知しました」
塩田「塩田の歌集やその他の品は橋日さんに言って菅野少佐殷に渡して下さい」「ハイ承知しました」
 「森元君、所長が来たら、今晩は最後だから演芸をやらしてくれるように頼んでくれないか」「承知しました」
小田「皆さん今晩の我々の御通夜はよろしく頼みます」
塩田「お願いしますーっ」一同「承知しました」
 十六・〇五、英人軍曹5名来り雨宮を連れて行きました(体重を計るため)。二人は並んで歩きながら顔を見合わせ、
小田「今日は待遇が良いなあ」
 塩田中尉は微笑をもってこれに応えられておりました。約五分ほどして二人とも笑顔で帰ってき来、廊下に入ると両側の各房に向かって歩きながら
小田「今晩は頼むぞ」
 塩田中尉、歩きながら皆に向かって、
塩田「お願いしますよ」

 二人元の室に収容され、英人が帰って間もなく
井出「今どこに行かれたんですか」
小田「ちょっと体重を計りに行って未だ」
 この時渡辺大尉(事務所勤務鉄九)来り、二人と何か話しておられましたが、聞きとれず。
小田「この中に酒でも一杯あったらなあ」
塩田「ハッハッハッハツ」と聞えました(飲食物の希望を聞きたるものの如し)
 一六・二〇、印度人通訳「ワタン」面会に来り間もなく帰って行きました。ちょっと置いて、
小田「井出、今『ワタン』が来て、お国のためだから安心して逝って下さいと、言ったものだから、お前達から、そんなことを言われなくても俺達日本人にや、ちゃんと覚悟は出米ておるわい。大出鱈日な通訳ばかりしやがって、いらんことを言うなと言ってやったらすごすごと帰って行ったよ。

井出「そうですか」塩田中尉もハッハッハツと笑っておられました。
 十六・二五、所長印度人(カーン)大尉来り二人に封して何か頼むこと、慾しいものがあれば出来る
だけのことのことはするから遠慮なく言ってくれと言いました。
小田「最後ですから今晩は一晩中話をすることを許可して下さい。そしてそれを衛兵司令に話しておいて下さい」

 所長はこれを承諾した模様で、以下聞取れず。
菅野少佐および英人将校一来るも英人間もなく帰る。菅野註(二日前確定を聞き安心していただけに打撃も大きかった。今日は遅いし言渡は大丈夫であろうと室で話をしているところへ、堀口曹長来り今英人が五・六人行き糧秣庫からは煙草を二缶届けましたよ・・・とのことで早速事務室に行かんと門のところまで行くと、西独房から緊張した渡辺大尉の顔が見える。ついに最後の決心が来た、覚悟していたとはいえ、全身の力が抜け考える気力もなくなった。爾後は唯「ロボット」の如く唯機械的に動くだけだった。ただちに「西」に行き所長に言って面会の許可を得、八棟東独房に赴き別れの人々を案内す)

 一六・三〇頃から清水、橋口、屋、蔡生川、鼻野、宮本、岩城、菅原、渡辺の順に面会、続いて千葉、井出、島田面会東独房より司令官以下二十名、八棟より原田少佐以下十名の方々面会さる。
所長はこれに立ち会い全部終わって一七・三〇頃帰りました。
 (一同帰ってから所長にせめて十九時頃迄ここにいらして世話をさせてくれと頼みたるも入れられず
、最後の握手を交す小田大尉は涙の目(俺は悲しくて泣いているんじやないぞ嬉しいんだ元気でやってくれと格子から手を出して肩をたたいて居られたが)をはらい、「御陰で安心して逝かれます、ほんとに御世話になりました。前もって知らせてもらい覚悟は出来ているものの最後の準備が出来て落ち付けました。御元気で」と堅く堅く手を握られた。

此方は一言も発せられず唯頭を下げるばかりだった。塩田中尉の顔を見た瞬間言わんとすることが胸につかえ唯一言最後に笑って別れよう」と口に出したが、言ったとたん前が見えなくなる程涙が、どうとあふれ出して何時迄も堅く手を握り合って心ゆくばかり泣いたのであった)
 しばらく二人とも無言のままに過しておられましたが、ややして、
 「これで満足した。真実に満足した。皆に会ってこんな嬉しいことはない」と二人で話しておられました。

▼祖国再建を皆にたくして
小田「井出、所長に酒をくれと言ったら後からくれると言ったよ。今生の別れによかったよ」
井出「それはよかったですね」
 一七・四〇、菅野少佐が二人のために挑の缶詰を一個宛持って来て分配しながら何か話しておりましたが、声が低く聞き取れず間もなく菅野少佐二人のために「コップ」および掃除道具を持ってきて渡されました。
塩田「菅野少佐殿、誠にすみませんね、マア宜しく頼みます」
菅野「何でもいることがあれば言って下さい。決して心配いりませんから」
 この時渡辺大尉と山崎軍曹、紅茶を持ってきて分配しました。
塩田「最後までいろいろとすみませんね」
小田「最後までまったく親切にして頂いて有難うございます」と言っておられました。
ややあって三人に向かい。
(仏様の煙草です、喫って下さいと煙草を出され歩哨をまいて三人とも坐り込みいろいろ話す)
塩田「今までで今度が一番持遇がいいですよ、ハッハッハッ」
渡辺「なんでも不自由なものがあれば」
小田「便器を入れて下さい」
 つづいて三人はいろいろ話をしておりましたが、聞きとれず。

 一八・〇〇、間もなく三人一緒に帰って行く。
小田「後もう十二時間ですねハッハッハツ」
塩田「ハッハッハツ」
 菅野少佐、二、三分して二人のため「ローソク」を持って来て間もなく帰る。
(蚊取線香を持参したら塩田『仏様にいいですね』『いやそんなつもりじゃないんだよ』塩田『ハッハッハツどうも有難う」「一晩ですから蚊にも食わしてやりましょう』)
 井出准尉から二人に鉢植の”野草の花”を送る。
小田「所長は、酒を余り遅く呑ませると心臓麻痺を起すといけないから、一九・三〇頃持って来ると言
ったよ」
塩田「心配しているんですねハッハッハツ」
小田「ハッハッハツ」
 菅野少佐、今度は「チョコレート」を持って来て帰られ、その後二人話をされておる模様なるも、聞き取れず。何か明朝の打合せの様でした。

 一八・四〇
小田「(全員に)明朝は出発前五時に私達は遥拝を終えその後、君が代と海ゆかばを二回宛、万歳は室を出る直前にしますから、承知下さい。歌の音頭は森元君にとってもらいたいと思います」
各々「承知致しました、元気で行って下さい」
 しばらく無言。

 一八・五五、二人拍手を打って遥拝されている模様でした。
小田「じゃそろそろ演芸を始めてもらいましょうかね」
塩田「ああいいですね」
 清水中尉、全員に向かって「オイ皆、今夜は最後だから二人のために自分の持っている芸を全部出して慰めてあげてくれよ」。各室より返事あり。
 一九・〇〇、井出准尉の進行で演芸を始めました。二一・三〇頃、所長来り一時中止。所長は二人に対して「何か欲しいものはないか」。二人は酒の礼を述べ、
塩田「貴方より煙草をもらいたい」
 所長これを承諾し、何か話せるも聞きとれず。
所長約十分にして帰り、続行。二一・五〇頃、橋口准尉、二人に対し左の工貢を贈る。

○雄々しかる皇国のつはものが、七生誓ひて今そいでたつ。
○南涯の秋の夜は風なくも、みたまの光、やみじ照さむ。

二二・二〇、全員手向けの演芸に応えて塩田中尉、日頃愛唱の二、二六の歌および自作の歌を歌われ、次いで辞世を朗読されました。

 辞 世
 あたたかき、友の情にうるほいて
    心ゆたかに、我は逝くなり。
 身はたとへ断頭台に消へんとも
    永遠に生きなん真心もちて。

 小田大尉、つづいて都々逸「すみたのほとり」
を唄い、詩吟撤去生気の歌自作の転進行を吟詠後
辞世を朗読せられました。

 辞 世
 皇国の悠久平和祈りつゝ
     南の涯に我は散りゆく。
 永遠に皇国の新世を
     興されませと祈りつゝ逝く。

 其の後で、内地に帰る者に、戦犯をよく理解して帰って祖国再建に邁進して下さい。連合国は将来の戦争を防止せんがために戦犯裁判をしているというが、現在戦犯として取り扱っている様な事実は独り戦敗国のみでなく戦勝国にでもあるはずですが、戦敗国のそれのみと所謂一方的に裁断している、つまり不公平です。不公平は不和、不和は争いの因です。大自然界に植物の間にすら生存競争はあります。

それは同様に人間の生存競争はつづき、戦争もこれと正比例して太陽の光と熟が無くなり宇宙に生物がすめなくなるまではつづく、これが人類の生活であります。過去もまた原始の昔より二十世紀の今日までの歴史は斯くして創られました。皆さまどうぞ祖国再建を御願い致します。
一同「御安心下さい。祖国再建を誓います」
 二三・〇〇、二人が何か小声で話された後、
小田「余り遅くなるといけませんから、この辺で切り上げて下さい。どうも永い間有難う御座いました

塩田「どうも有難うございました」
 清水、時間の方は心配ありませんから。おい皆どんどんやってあげてくれ、その代り遅くなったら拍
子だけは止めることにしよう。
小田「では屋君に子守唄を歌ってもらいましょう」
 と二・〇〇までつづく。

塩田「蔡生川に和楽音頭と湖上の尺八」を注文。
小田「森元に遺骨を抱いてと蛍の光」を望まれる。
 一同交々、御安心下さい、再建は必ずやります、と誓う。

 二・一〇頃、
塩田「只今の皆様の熱誠な御言葉を聞き、私は安心して逝くことが出来ます。皆様の現在の気持を生して行けば、必ず日本再建は出来ることと信じます。かつて独逸が第一次(大戦)一年後、少年に対して将来の希望を聞きたるところ、その九十九パーセントがソ連を叩くと答えたそうです。これは「ゲルマン」民族であればこそです。ところがそれ以上の強国になって立上るものと信じます。
そして大和民族が再び此の悲劇を繰返さぬ様皆様に御願致します」
 つづいて二・三〇頃より小田大尉が十一年間に亙る野戦勤務の想出話をされる。(中略)
 二人しばらく無音。
小田「自分の死生観は常に『朝に紅顔ありて夕に白骨となる人の一生』これは今でも変らない」と言っ
ていました。

 二・五〇分頃、
小田「歩哨の奴バケツに腰を下して居眠りしてやがる。ハッハッハツ」
塩田「もう神さんになるんだから安心しているんですね。ハッハッハツもうすぐ神様になる人だから、
まあ生きているうちから恵をかけてやって、居眠りしているのを監視してやるんですね」
清水「塩田さん腹の具合はどうですか」
塩田「もう大丈夫です。明日は火葬で完全消毒してから行くんですから、アメバーも大腸炎も大丈夫で
すよハッハッハツ、それに英軍は親切ですよ、
あの世に行くのに予防接種までしてくれるんですからね、ハッハッハツ……清水さん橋口さんにもうす
こし碁を錬ってやって下さい、ハッハツ」
橋口「大丈夫、大丈夫、自分が行くまでには強くなって行くから」
塩田「将棋はどうかね? ハッハッハツ」
岩城「将棋は自分が一番」
塩田「弱いのですか、ハッハッハツ」
一同「ハッハッハッハツ」
蔡「塩田さん一度聞こう聞こうと思って忘れていたことがあるんだがね、ハッハッハツ」
塩田「何かね?」
蔡「ちょっと言い難いのだがね、ハッハッハツ、言おうかね、あんたの妹さんのことだよ」
塩田「あゝ妹かね、あれは未だ小さいから」
蔡「ハッハッハツ、小さいから可愛いですよ」

▼君が代と海ゆかばに送られて 
三・〇五頃から、小田大尉が内地へ帰る皆さんへといって、自分の性格と経験から割った処世観を話されました。
 不言実行、陰徳○虚これは度を過ぎ明朗性を欠く様ではいかん。私の場合は、明朗性を欠いた様に恩われます。家庭生活、上下主従の関係面の生活においても愛は不可欠なり。任務仕事に対しては不言実行、これを天職と考え全力を傾注すること。下あるいは従を持ちたい。上あるいは主の場合は偏愛所謂片寄った差別のある愛情は、最も戒むこと等、以上を話されました。この話の終わる
五分前、四・〇〇を報ず。
 
四・一〇頃から小田大尉、井出、森元を相手に広東時代の想出を約十分程され一寸間、四・二〇頃、小田「森元、煙草屋の娘を一つ」 と所望。終わると自分で今から小学校卒業式の歌を歌うからな、と言うて歌われました。つづいて、塩田「蔡生川さん、御得意の唄を一つ頼みます」 蔡生川曹長、注文に応えて「嗚呼揚子江」「白衣の春雨」を唄う。
小田「今日言渡を受けて帰る途中エスゲー(印度人刑務所通訳)にあって永い間有難うと言ったら、お

国のためだから安心して逝って下さいと、逆に激励されたよ(中略)」
 やや無音
清水「塩田さんよく眠ってたが、眠くないかね」
塩田「いや、今までに今夜の分まで眠っておいたから眠くないですよ」
清水「蚊は来ないかね」
塩田「もう神さんだからね、蚊も畏れ多くて近寄れんですよ、ハッハッハツ」
橋口「神様は神様でも、荒神様だから蚊も敬遠して近寄らんのですよ、ハッハッハツ」
塩田、清水、小田、「ハッハッハツ」

小田「井出、恩を忘れるな、三恩をな。君の恩、親の恩、師の恩をね。帰ったら小学校の先生が一番いい人間として基礎をつくってくれるのだからね。そのことを当房、大野、塩田に伝えておいてくれ。そして屋には、最後まで希望を持って頑張れって言っておいてくれ」

 この時五・〇〇を打つ。
 しばらく二人とも無音。二人は洗面を終えて遥拝をしている模様でした。

 五・〇八頃、
小田大尉「じやあ、君が代を始めて下さい」
塩田「御願いします」
森元「承知しました」

 五・一〇、「君が代」「海ゆかば」二回全員合唱。
小田「今度は私達で歌います」
 と二人合唱されました。
小田「平素の気持とさらに変わりありません。ただ神様と阿弥陀如来が迎えに来ているようだ。八棟東房の方々、長い間いろいろと迷惑をおかけしました。皆様の厚情と真心を抱いて、笑って逝きました、とお伝え下さい。どうも皆様有難う御座いました」
塩田「永い間相当無理な願いも聞いて戴き有難う御座いました。二人は笑って逝ったとお伝え下さい」

 五・三〇頃、最後にもう一度詩吟をやっていこうかね、と生気の唄を吟詠。
塩田「最後に辞世をやらしてもらいます」

○あたたかき友の情にうるほいて。
     心豊かに我は逝くなり。
○身はたとへ断頭台に消へんとも。
     永遠に生きなん真心侍ちて。

五・四五、
小田「決して悲しまないでください。笑って送って下さい。万歳は縛られる前にやりますから……
井出いよいよ別れだな。君からもらった水を末期の水に呑んで行くよ」
 所長来ると- 聞えずー沈黙
五・五六、万歳三唱、一同唱和
五・五九頃、二人は「サョナラ」と言われて出て行かれた模様。

一同黙祷六・〇〇 音
「上柳田広氏資料」では、「音」の部分は次のようになっている。
 六・〇〇、早朝の静寂を破って冷酷な踏板の落ちる音が響く。全房万歳をもってこれに和す……
この儀繰り返されることすでに五回、ここに第六回目の犠牲者を送る。

 辞世、小田大尉、
 祈りつつ死にゆく我は霊となり
    永遠に守らん皇国を。

  昭和二十二年十一月二十二日六・〇〇
-終-
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