中隊長としての戦場体験と教訓⑦

支那事変間中隊長として百数十回の戦闘を体験、そこから得た「戦場心理」「戦場における指揮統率の秘訣」を学ぶ最適な書
            高杉善治(陸士37期)支那駐屯軍中隊長、歩兵22連隊大隊長等
   
■戦力のバランスを破る

 「戦捷の要は有形無形の各種戦闘要素を総合して、敵に優る威力を要点に集中発揮せしむるにあり」と旧作戦要務令では教えていた。これは、上は軍司令官から、下一兵に至るまでよく味わい、実行すべきことだと思う。

 ここでは主として第一線の中隊長以下の行動について述べて見たいと思う。
 敵との戦闘が開始されたとき、特に遭遇戦においては咄嵯の判断で決心をし、戦闘を開始せねばならないのが常である。戦闘に慣れないと型の如く正面に展開して漫然と射撃を開始する者が多い。特に未経験な若い幹部に多く見られるところである。決心がつかずに遅疑逡巡して戦機を逸するよりはましであるが、決心をする前には必ず戦術的判断をする余裕がほしいものである。任務、敵情、地形を大観し、如何にして彼我戦力のバランスを破り、敵に勝る戦力をもって戦うことができるか、ということを考えることが必要である。戦争に限らず、何事でも競争して勝敗を決する場合にはこの着意が必要である。戦略、戦術の根本原理は、戦力のバランスを破り、敵に勝る戦力をもって戦うことができるように、あらゆる手段を講ずることであると私は思っている。この根本原理をわきまえていれば、あとは常識でもできるものである。

 戦闘の諸原則も結局この大原則から生れ出たものである。典範令の原則はもちろん修得し応用せねばならぬものであるが、枝葉の原則に拘泥して、根本原則を忘れ、千変万化の戦況において創意と工夫に欠け、不覚をとることがある。
 私は戦後英国のモントゴメリー元帥の回顧録を翻訳したことがあったが、元帥の回顧録の中にも同じような意見が出ているのを発見して大いに意を強くしたものである。この考えをもって戦闘に当たれば、わかり切った失敗を繰り返すようなことはないと思う。

 平素の演習では、戦関関始前に指導官から「このときにおける指揮官の決心、処置」を問われるだろうが、戦場では指導官はいない。自分の判断で行動せねばならない。こんなことを聞くと諸君は、そんなこと当たり前ではないか、いつも演習でやっていることだから戦場だってきっとその通りできる、というであろうが、しかしなかなかそれができないのが戦場心理というものである。応召幹部が多くなり、訓練が精到でないためでもあろう。

 私は初めて敵弾を受け、戦闘がまさに開始されんとする時には、先ず軽機関銃一分隊位をもって正面に対する 準備を命じ、自らは職場付近の敵情と地形を大観し得る 地点に進出し、一ぷく煙草に火をつけて心を落ち着け、この状況で最も有利に戦力のバランスを破って勝つ方法はどうしたらよいかを考えた。そして極力正面攻撃を避け、側面あるいは背後から敵の意表に出て攻撃することにつとめた。これは戦術原則上当然のことである。ところが、内地から補充で来たばかりの幹部候補生や、応召の小隊長のやり方を見ていると、敵を見ると猪突猛進、型の如く正面攻撃をしていたずらに死傷者を出しており、自らも戦死する例が非常に争い。

 武漢攻略戦の折、某中隊(中隊長は現役)か予備隊か ら第一線の増援に出された。前方ハ○○米位のところに ある高地(高さ約二〇〇米)帯で、第一線が苦戦をしていたのでその増援のためであった。前面高地には敵が進出して占領しているのが双眼鏡でよく見える。この場合左右に友軍がおり、中隊は正面攻撃より他に方法はなかった。中隊は勇躍して正面からの攻撃を開始した。ところが、高地の中腹まで進むと敵の十字火特に手榴弾の狭撃をうけ、死傷続出して前進困難となり、午前十一時頃から攻撃を開始したのであるが、日没になるまで進退きわまり、進むことも、退くこともできなくなってしまった。夜暗を利用してようやく死傷者を収容することができたが攻撃は失敗に終った。

 この失敗の原因は、昼間山地の正面攻撃に際して、この中隊は谷間を前進したので、稜線(尾根)上から、重軽機関銃や手榴弾の十字火を受け、文字通り進退きわまって失敗したのであった。山地の昼間攻撃では、稜線伝いに商い所を占領しつつ攻撃するのが原則であり、常識であるのに、無思慮に猪突猛進して大きな損害を受け攻撃に失敗したのである。指揮官というものは、一度へまな戦闘指揮をやると沢山の部下の尊い生命を失うばかりでなく、その後部下の信用を失うことになるから特に注意を要する。

 同じで武漢戦の折、大令山という高さ約三〇〇米の高地の攻撃があった。これは第一連隊の小岩井中隊が攻撃に当たった。私は隣接連隊の本部にいたので、四〇〇栄位の距離でその奮戦振りを手にとるように見ることができた。敵は山の中腹から頂上にかけて十数名毎に分散して壕によって占領していた。小岩井中隊は各稜線伝いに歩々の攻撃を進めている。第一戦の兵もよく訓練されていて、岩かげを利用して一歩一歩敵に近づき手榴弾を投げては突撃している。最前線のところには日の丸の小旗が見える。第一線の位置を標示するためであろう。小隊長が軍力をかざして敵陣に切り込むのも見える。実に整然とした堅実な攻撃振りであり、あせらず、迫らず、悠々として一歩一歩と敵陣を攻略していく。指揮もうまいが、兵の訓練もよくできていた。実に立派な戦闘であった。これは山地攻撃で成功した例である。

 同じ武漢戦のとき、丁度秋の末で、満山紅葉の錦に包まれていた頃である。某大隊が標高二〇〇栄位の高地を攻撃していた。あたりは同じ位の高地帯であった。午後三時頃であったろう。山頂の敵が頑強でなかなかぬけなかった。するを山の麓の方から一条の煙が上がったと見ている中に煙は山肌に沿い頂上に向かって這うように登っていった。発煙筒をたいたのである。連隊長は電話で命令をして下から火をつけて山火事を起こし、山頂の敵を火攻めにせよといっていた。たちまち火の手が上がり全山山火事となり、さしもに頑強な敵も灰と化してしまった。戦わずして勝利を得たのである。楠正成の戦法みたいであるが、煙の這い上がる気象を見て直ぐ火攻めに気のついた連隊長の着意に敬服したものである。こんな戦法は平素の演習ではできないことであるが、戦場では勝つための手段として、適当なものは何んでも工夫し採用する着意が必要である。

 同じ武漢戦のとき、連隊は深い谷間の道路を追撃していた。両側は高さ四〇〇米位の高地がそびえ立っており、谷の幅は四、五百米位あった。谷に入ってしばらくすると右側の高地上に敵兵が現われ、続々増加をして射撃を開始した。連隊は真側面から、しかも行軍縦隊のままで約一コ連隊の敵から不意の攻撃を受けたので、一時はどうなることかと心配したが、連隊長は、落ち着いて部署し、一部をもって当面の敵に対せしめ、主力をして右側の山を迂回して、敵の左側背を攻撃させることによって有利な態勢に挽回し、苦境を突破し戦闘を有利に導くことができた。

 戦場では、警戒のための斥候、個所等を出すのをいやがるものである。連絡がとれなくなり迷子にしてしまうことがあったり、これらの行動を待っているため、主力の行動が遅れることかあるので、小部隊の分割派遣を極力避けたがるものである。私なども、中隊長のときには、目視し得る箆囲以外には斥候は或るべく出さなかった。その代り直接警戒を厳重にしていた。前記の場合も側衛の前進が遅れ、本隊の方が先に前進していたので、側面の警戒が不備であったのであろう。しかしこんな不利な情況でも、沈着適切な処置をとれば、彼我戦力のバランスを破り、戦闘を有利に導くことができるものである。

 要するに、直接第一線に出る指揮官は、戦闘開始前は勿論、戦闘間でも絶えず彼我戦力のバランスを如何にして破るかということを考えて戦闘を指揮することが必要である。これはいうことは易いが、いざ戦闘となると、特に第一線の弾の中では実行がむずかしいことである。
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