中隊長としての戦場体験と教訓⑤

支那事変間中隊長として百数十回の戦闘を体験、そこから得た「戦場心理」「戦場における指揮統率の秘訣」を学ぶ最適な書
            高杉善治(陸士37期)支那駐屯軍中隊長、歩兵22連隊大隊長等 
 
「三不打(サンプータ)」ということ
 昭和十二年の秋、山西の戦線もようやく進み、第五師団は大道の嶮(けん)を突破して大原を目ざして前進したが、その前方セッロ鎮の堅陣にぶつかり、死傷者続出、前進困難な状態に立ち至った。それでわれわれ駐屯軍の萱島部隊は増援のために北京、通州の警備を後続部隊に委ね、セッ口鎮に向かって出発した。大道を過ぎて礦山用軽便鉄道で、平地泉というセッ日鎮の手前の部落に進んだ。

 その途中は行きちがう台車の中には、セッロ鎮で負傷をした将兵が一杯乗っていて、見るも気の毒な状態であり、目をそむけさせるものかあり、セッロ鎮の戦闘がいかに激戦であるかを物語っていた。途中ですれ違いの台車が共に小休止をした。その折近くの台車の中に乗っていた四十がらみの老大尉がいた。頭と足に包帯をし、左腕は骨折したらしくてギブスを当てて肩からつっていた。彼は私に声をかけて、これからセッ日鎮へ行くのですか、御武運の長久を祈りますよ、気をつけて下さい。旅順のような戦場ですからね。ついては一つあなた方に大事なことを教えてあげましょう。あそこの職場では支那軍に「三不打」という射撃法がある。

「三不打」とは
 一、敵が射撃をしている間は射たない。
 二、昼は射たずに夜射て。
 三、遠い敵は射たずに近よった敵を射て。
 ということである。

一、は敵が射撃している間は、敵の所在をよく見て置くために射撃をしないでいる。そして敵が前進を始めた
 ときに猛射をあびせるやり方である。
ニ、は日本軍は昼間は攻撃して来ないが、夜襲をして来るから、昼は射たずにいて夜射撃せよというやり方で
 ある。
三、は敵が遠い間は射撃をしても当らないら、最も効果的な近距離で射撃せよ、というやり方である。
 これは弾薬を節約し、効果的な射撃をさせるためにとった方法と思われる。
 このような経験談をしてくれた。なるほどと思っていざセッロ鎮の戦場に行って見ると、全くこの話と同様で非常に参考になった。

 日本軍は、とかく弾薬を浪費しがちであったが学ぶべきところがあろう。、
 セッ日鎮では敵味方が遠くても数十米、近きは二、三米で対峙した山岳地帯の攻防戦で、五師団か約二十日、われわれも約十日間、毎日毎夜、とったりとられたりを繰り返し、死傷七千と称し、全滅に近い中隊も相当あった由である。

 支那車の「三不打」戦法はよく徹底しており、このために随分損害をうけた。昼間の狙撃は実に上手で、壕から頭を出すと必ずといってよいくらいやられる。また壕に銃眼をつくって銃口だけ出して狙撃している日本兵のその銃眼の中を狙撃して命中させている。昼の戦場は朝食、昼食、タ食で、食事の分配(麓で炊事したものを山に持って来て各壕に分配していた)で壕から兵が出るときを狙って迫撃砲の集中射撃を約一時間やり、毎日これをくり返す。夜は日本軍の夜襲に際してはあらゆる火器、特に軽機関銃(チエコ)、手榴弾の弾幕をつくって阻止するというやり方である。

 日本軍の小銃射撃は制圧にはなったが、狙撃は下手だった。これはセッ口鎮ではなく武漢戦のときのことであったが、連隊本部の近くの民家から、敗残兵が二人(男に女の兵隊)突然逃げ出した。それっというので予備隊の一小隊で、距離約五十米先を逃げて行く二人を猛射したがさっぱり当たらぬ。二人はどんどん逃げて行く、一小隊が近距離で射ちまくったが遂に当たらず二人は逃げおおせてしまった。これはあわてて射撃したので、照準が不正確であったのと、だんだん遠ざかって行く目標に対して、照尺変換を忘れたためであったろう。

 戦場で不意に敵と遭遇した場合に、指揮官も兵もあわてて距離照尺を号令することを忘れ、ただ射てと号令することがしばしばある。初心者に多い。必ず照尺を示すこと、要すれば二重照尺(半数宛距離の異なった照尺)で射撃させるくらいの余裕がほしいものである。
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