中隊長としての戦場体験と教訓②

支那事変間中隊長として百数十回の戦闘を体験、そこから得た「戦場心理」「戦場における指揮統率の秘訣」を学ぶ最適な書
            高杉善治(陸士37期)支那駐屯軍中隊長、歩兵22連隊大隊長等

 弾の音と弾筋
 小銃や機関銃弾の音には「トン」「パン」「シュン」の三種があるとわれわれは射撃教範で学んだ。そして下志津の闘種射撃のとき一度だけ「トン」音と「パン」音を聞く体験をしたことがあった。「トン」音は発射音で「パン」音は弾が自分の頭上高く通過するときの通過音である。「パン」音は通過音であるが、音も大きくあたかも自分の頭上で破裂したような感じを受け、弾の音としては一番恐ろしい音で、ちょっと危険に思う音であるが、実際は一番安全な音である。私は戦闘問「パン」音が聞えるようになったら敵を制圧した証拠であり、前進の時機だと部下に教えていた。それは、敵がわが銃砲弾によって制圧され、二頭を濠の中にひっこめ、手元を下げて射撃しているときであり弾は高いところを通るので決してあたらないからである。旧歩兵操典に、分隊の前進の時機は、わが火力をもって敞を制圧した瞬時というのがあったが、それが具体的に現われた現象は、全く弾が来なくなるか、あるいは、この「パン」音が聞える状態になったときをいうのだと思う。激烈な戦闘間でも、敵の射撃には波があって、この「パン」音が出てくる。あるいは、わが方としては、この「パン」音を出させるように敵を制圧して前進の時機をつくることが必要なのである。

 次に一番恐ろしい音は「シュン」音である。これは地上1米前後の高さで、自分の身辺を通過する弾の音であり、ちょうど秋のススキの葉が風に揺られて出す音によく似ており、音は小さいが、敵に胆われていることが明らかであり、命中する公算の最も大きな弾である。この弾は、音が小さいので、うっかりしていると聞き逃してしまうから注意を要する。この音を聞いたときは、前進を見合わせるか、前進路を変更するか、あるいは敵を制圧する手段を講ずるか、いずれにしても、細心の注意と充分な準備をしてかからねば不覚をとることがある。

 これらの弾の音は、初めはなかなか聞きわけられないが、回数をかけ慣れてくるとすぐ聞きわけることができるようになり、「パソ」音のときには大きな姿勢で前進することもできるようになる。
 また弾には弾筋というものがある。地形や光線等の関係で、よく目立った地物の付近や、日光に暴露した目標の近くには敵弾が集中してくる。狙い易いからである。戦闘が始まって敵味方の射合いが起こり、彼我両軍の間にはタ立ちのように弾が落ち、一寸の隙間もないようにえるが、よく落ちついて弾着の様子を見ていると、友軍の前後に落下する弾着が土煙をあげてよく見えるようになる。その弾着状況がおる地点では疎になるものである。

戦闘に慣れた者は、この弾筋を絶えず見極めて進路を選ぶことができるようになるものである。弾着の濃いところを避けて疎なところを前進するようにする。ときには全く弾の来ないところもあるのである。この弾筋を見極められるようになれば一人前の戦闘員ということができよう。もちろん全体の中の個人として、自分の行動を許される範囲は制限されているが、その制限された行動範囲の中においても、おちついてよく見ると、弾筋は発見することができる。
特に直接戦闘に従事する中隊長以下の下級幹部は、絶えずこの弾筋を見極めて自己に許される範囲内で部下部隊を誘導し、無益の損害を避けることに努力せねばならないと思う。もちろん任務が最も重要であるから、任務を遂行するためには水火もなお辞せずという決意は必要であるが、その達成の手段方法については、極力損害を避けて効果をあげるように工夫することこそ、特に幹部の責任である。

 死傷者の一番多いのは、内地から初めて戦線に補充されてくるまったく戦闘経験のない兵や若い幹部と、少し戦闘に慣れて弾を馬鹿にしてかかる者である。前者は敵弾の威力を無視して平素の演習と同じ型で戦闘に加入するからであり、後者は敵弾の威力を軽視して油断をし地形地物の利用を怠り、不必要に大きな姿勢をするからである。初めて戦闘に参加する者が任務達成に忠実で、猪突猛進する勇気は壮とするも、戦争では実弾がくる。この実弾を如何に処理し、損害を最少限度にして任務を達成するかという思慮と、工夫に欠くるところが多いからである。戦争に慣れないのでカッとなり、沈着と冷静とを失い、工夫をする余裕がないせいでもある。内地から来たばかりの小隊長の指揮振りを見ていると、敵情、地形の如何にかかわらず、常に正面に展開して攻撃する者が多い。地形、敵特に応じて極力包囲迂回をし、戦力のバランスを破り、有利に戦うという工夫が足りない。

 武漢戦の最中に近衛師団から補充された新任少尉(幹部候補生)が、二十数名戦場に到着したことがある。夜間到着したのと戦場が激戦中であり、戦場での準備訓練をする余裕もなかったので、私は連隊本部の岩かげに彼等を集め、激烈な前線の銃砲声を開きながら初心者の心得を敢えてやり、直ぐに前線の中隊に配属した。夜明けになると前線から負傷者が担架に乗っかり、あるいは歩いて包帯に包まれて続々と下がってくる。一人一人顔と部除名を見てねぎらってやったが、その負傷者の大部分が昨夜補充されて来た人達で、特に小隊長が多かった。新しい服に新しい背嚢を鮮血に染めて担架に乗って下がってくる様を見ると胸がつまる思いがした。この場合は戦場での予備訓練をする余裕もなく、いきなり戦闘に参加させなければならぬ状況であったが、できる限り戦場での予備訓練をして、敵弾の性質をよく認識させてから本戦に参加させた方がよいと思う。

 また山西のセッ口鎮の戦闘中に、事変開始以来歴戦の兵が油断し、敵弾を馬鹿にし塹壕の上に仁王立ちとなり、敵方に向かって小便をしていた。たちまち敵の狙撃をうけ戦死したという馬鹿げたこともあった。戦友と度胸比べをして何! 弾なんかあたるもんかと力んでやったことらしいが決してこんな空元気を出すものではない。戦場では大敵たりともおそれず、小敵たりともあなどらず、どんな場合でもいやしくも戦闘をするときには細心の注意と全知全能をつくして事に当らなければならないのである。

 平素の演習訓練も、われわれが一度戦闘の経験をしてから見ると、敵弾を無視した形だけの訓練であったと思う。平素実際に弾の来ないところで、戦闘に経論のない幹部が教えているのだから無理もないが、これら無経験者には戦場の実相をよく知らしめ、実戦的な真剣な教育訓練をしておく必要があると思う。私は戦争中補充兵が来ると、戦争に経験のある老練な兵に各個戦闘教練をやらせて模範を見せ、両方を比較してここに隙がある、あそこに油断があると指摘して教育したものだ。戦闘は剣道の試合のようなもので、こちらに油断があり隙があると、敵弾はすかさず打ち込んでくる。一寸も隙のないようにしていなければならないのである。

 大東亜戦争中、満州部隊ではときどき実弾を使用した演習を行なって幹部に見せていた。これは内地の散開射撃に似たやり方ではあるが、トーチカ等の攻撃には本物の手榴弾を使用してやり、敵弾は来ないが、友軍の方は大砲も機関銃も全部実弾を使用して、実戦さながらの感を呈していた。内地ではこんな場所がないかも知れないが、危害予防に充分に注意して、在営間に少なくも1度はこんな体験をさせておくとよいと思う。
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