戦後補償の日独比較

国際派日本人養成講座(H11.12.18)から引用
~ワイツゼッカーの苦衷~
■1.戦後補償の日独比較■
 ドイツは旧西独時代以来、ユダヤ人虐殺などへの個人補償
だけでも、円換算で総額約6兆円を支払ってきている。日本
がアジア諸国に払った賠償・準賠償はざっと6千億円[1]

 この朝日新聞の挙げる数字は、ドイツは誠実に戦後補償に取り
組んでいるのに、日本は逃げている、誠実に謝罪し、賠償しない
から、いつまでもアジア諸国から信頼されないのだ、という主張
の根拠とされている。

 これに対する反論をまとめれば、次のようになろう。

・ ユダヤ人600万人虐殺などというような犯罪を、日本は犯
していないから、補償金額の多寡を比較すること自体、無意
味だ。

・ ドイツはユダヤ人虐殺以外の戦時賠償をまだ完了しておらず、
まだこれからの段階。日本は北朝鮮以外のすべての関係国と
講和条約、平和条約を結び、正式に国家賠償が完了している。

 どちらの主張が正しいのか、読者自身で考えていただくために、
以下のような基本的な事実を紹介したい。

■2.ナチスの犯罪■
 まずドイツが補償したナチスの犯罪とはどのようなものだった
か、をまとめておこう。以下のような殺戮が行われた。[2,p95]

1. ドイツ国内の療養所、看護施設の病人、不具者、神経病院に
いるすべてのユダヤ人、3歳から13歳までの心身障害児童
など約10万人。

2. ドイツ国内、続いて東ヨーロッパの占領地域にいるジプシー
推定50万人程度。

3. ポーランド占領期間中の知識人、指導者層100万人以上。
(ヒットラーは、東方の非ドイツ系住民は、奴隷とするため
に小学校4年以上の教育は不必要としていた。)

4. ロシアの占領地域での同様な指導者層の殺戮。規模はポーラ
ンドより多いという程度しか分かっていない。

5. ユダヤ人絶滅を目指し、ドイツ国内、ポーランドその他占領
地域での推定600万人の虐殺。

■3.日本の戦争犯罪とナチス犯罪の違い■
 これに対し、わが国が糾弾されている戦争犯罪とは、他国の
例でいえば、たとえば次のようなものである。

・ 米軍の都市空襲や原爆による一般市民への無差別攻撃
・ 中国保安隊による通州における2百数十名の日本人居留民
虐殺[3,p401]
・ 日本軍捕虜百数十名を飢えさせ、アミーバ赤痢をもった毛
蟹を食べるのを、それと知りながら傍観して病死させたイ
ギリス軍の捕虜虐待[4,p66]

 戦争犯罪とは戦闘の過程で、国際法で定められた戦争のルー
ルを逸脱する事である。前項で述べたナチスの行為は、このよ
うな戦争犯罪ではない。それは自国民をも対象にしており、か
つ戦争開始前からすでに始められていた。それに数百万単位の
ユダヤ人を収容所に運ぶことは、輸送力の浪費であり、戦争遂
行にはマイナスであった。

 ナチス犯罪は戦争行為の逸脱ではなく、特定の人種の抹殺や
奴隷化を目的として、戦力を阻害してまでも、計画的、合理的
に実行された国家犯罪なのである。

■4.罪が異なれば、賠償額が異なるのは当然■
 ベルリンの小さな集会で、ナチの犯罪が話題となった時、大
学でドイツ語を教えている日本人教師が、日本にも捕虜収容所
があり、南京虐殺などの犯罪があった、と反省の言葉を語った。
その時にあるユダヤ人がこう言った。

 アメリカにもイギリスにも日本にも収容所があったが、
一民族を根絶するために収容所を作って、それを冷酷かつ
合理的に運営した国はドイツの他には例がない。

 その日本人は顔色なく、シュンとなってしまったそうである。
[2,p83]

 わが国も、当然、戦争犯罪を犯している。しかしナチスのよ
うに、一民族を根絶すること自体を目的として、国家犯罪を犯
したことはない。

 東京裁判で最大級の戦争犯罪と喧伝された南京事件において
も、被告・松井石根大将の訴因は「違反行為防止責任無視によ
る法規違反」、すなわち部下の戦争犯罪を防止する責任を果た
さなかったというものであり、ナチスのように組織的、計画的
に住民殺戮を行ったという事ではない。

 冒頭の朝日の記事で、ドイツが個人補償を中心に6兆円支払
ったというのは、このナチスの犯罪に対してであって、それに
相当する罪をわが国は犯していないのだから、賠償額の多寡を
比較することは意味がないのである。

 わが国の賠償額を少ないというためには、上に挙げた戦勝国
による同様の戦争犯罪と比較すべきである。これら戦勝国の戦
争犯罪は裁判もなく、謝罪もなく、補償もされていない。

■5.棚上げされてきたドイツの戦時賠償■
 それでは、こうした戦争犯罪については、ドイツはどのよう
に取り組んできたのか?

 当然、ドイツにも戦争犯罪がある。たとえば、1944年の記録
では、516万人のロシア兵が捕えられ、そのうち、47万3
千人が処刑され、3百万人が捕虜収容所で餓死したという。規
模はとてつもないが、これらは捕虜の不法処刑、虐待という戦
争犯罪のカテゴリーに属する。

 実はドイツの戦時賠償は、ドイツ統一まで棚上げにされてき
ており、近年ようやく東欧諸国の請求交渉が始まった段階であ
る。たとえば、96年にはポーランドとの支払協定が完了したが、
強制労働に従事し、現在も生存している100万人に対して、
一人あたりわずか4万円の一時金が支払われることになった。
[5]

 対戦国に対しては53年のロンドン会議で、約200億ドル
の賠償債務協定が結ばれたが、ユダヤ人への補償実施と引き換
えに、ドイツはこれまた補償請求を棚上げしてきた。

 敗戦直後、ソ連をはじめ連合国側は、ドイツの工場施設
をはじめ海外資産、絵画や本まで、あらゆるものを持って
いった。英国などは、木まで伐採して持っていった。全部
で2千億マルクになる。ドルにして470億ドル、賠償予
定額の倍以上だ。いまさら賠償請求はないと思うが、これ
は万一の場合の、内部試算である。
           (ドイツ大蔵省担当官)[6,p35]

 このように、ナチス犯罪以外の賠償問題を、ドイツはうやむ
やのまま棚上げしてきた。そこをついて、世界ユダヤ教徒会議
などから、戦争中の強制労働への100億マルク(6千億円)
の補償要求が新たに出された。ドイツ政府と、ジーメンス、フ
ォルクスワーゲンなどの企業が、合計60億マルクの提示をし
たが、隔たりは大きく、交渉は難航している。[7]

 冒頭の朝日の記事で、ドイツの補償が「ユダヤ人虐殺などへ
の個人補償だけでも6兆円」という裏には、実はナチス犯罪に
よる個人補償以外の戦時賠償をしてこなかった、という事実が
隠されている。ドイツの戦後清算は、まだまだこれからである。

■6.日本の戦時賠償■
 これに対し、わが国はどうか。日本は昭和26年のサンフラ
ンシスコ条約において、米、英、仏、オーストラリアなど45
カ国との間で平和条約を締結した。ここでは連合国の請求権に
ついて次のように規定されている。

 連合国は、連合国のすべての賠償請求権、戦争の遂行中
に日本国及びその国民がとった行動から生じた連合国及び
その国民の他の請求権・・・を放棄する。

 この代償として、わが国は海外で保有していた在外資産をす
べて放棄した。たとえば、満洲、朝鮮の鉄道、工場から、はて
は中国大陸やアメリカで、日本の企業や個人の保有していた建
物、設備、預金など、すべてがそれぞれの国に没収された。
その総額は終戦直後の日銀の大まかな試算では、1,111億ドル
とされている。1ドル10円換算で、1兆1千億円。現在価値
では、その数十倍にあたろう。

 さらに中華民国、フィリピン、インドネシア、ベトナムなど、
アジア各国に対し、一国ごとに日本は賠償を支払い、相手国は
請求権を放棄するという形で、正式な協定をもって解決してき
た。現在、この処理が終わっていないのは、北朝鮮だけである。

 たとえば、昭和31年に結ばれたフィリピンとの賠償協定で
は、賠償・借款あわせて2880億円を20年分割で支払うことと
なった。この年の政府予算9900億円の3割近い規模である。す
べての国との賠償が完了したのが、昭和52年。支払い開始か
ら23年後であった。[6,p19]

 この几帳面さと誠実さは、「いまさら賠償請求はないと思う
が」などというドイツの姿勢とは著しい対照をなしている。

■7.「罪」と「責任」の違い■
 賠償の次に、ドイツの謝罪ぶりを見てみよう。

 罪のある者もない者も、老若男女いずれを問わず、われ
われすべてが過去に責任を負っている。

 このワイツゼッカー大統領の有名な「荒れ野の40年」とい
う演説を引き合いに出して、朝日新聞「声」欄は言う。

 かえりみて、わが国戦後の歴代首相や閣僚は、日本の戦
争責任と、侵略を受けた諸国に対する明確な謝罪を、心を
込めて表明したことがあるだろうか。[8]

 しかし、それほどドイツは誠実に謝罪しているのだろうか。
ワイツゼッカーの演説の「罪のある者もない者も」という部分
を見落とすべきではない。「罪」と「責任」を厳密に区別して
いる。この違いについて、ワイツゼッカーは、朝日新聞の記者
とのインタビューで次のように答えている。

 人は自分に罪がないことにも、責任をとることができる。
例えば、私の自動車を他人が運転して事故を起こしても、
私は賠償責任を負う。[2,p326]

 この区別と、次の言葉をあわせて、ようやくワイツゼッカー
の本音が見えてくる。

 一民族全体に罪がある、もしくは無実である、というよ
うなことはありません。罪といい、無実といい、集団的で
はなく個人的なものであります。

 ワイツゼッカーの回りくどい主張はこう要約できよう。当時
のドイツは、ヒットラーに乗っ取られた車のようなものだ。そ
れが暴走して事故を起こした、その罪はヒットラーとナチス党
員の個人的なものである。車の所有者たるドイツ民族には、賠
償責任はあっても、罪はない。

■8.ワイツゼッカーの苦衷■
  ナチスの犯罪はヒットラー個人の罪で、ドイツ民族の罪では
ない、という主張はやや強引だ。というのは、ヒットラーは暴
力で政権を奪取したのではなく、1937年の正規の国会選挙で、
得票率37.4%をとって第一党となり、世論の支持のもとに合法
的に権力についたのである。さらに戦後作られたナチ協力者の
リストは、1200万人にものぼった。

 ワイツゼッカーの主張を、西尾幹二氏は「とかげのしっぽ切
り」と形容する。ナチスの罪を徹底的に追求されたら、国民全
体に及ぶ。なんとか、しっぽ切りで済ませて、本体を守ろうと
いう必死の弁明なのである。ワイツゼッカーを聖者として祭り
上げる前に、その苦衷に思いを致すべきではないか。

 国家として、賠償責任は負うが、決して罪を認めない、とい
うドイツの必死の姿勢は見事なまでに一貫している。ユダヤ人
虐殺に対してイスラエルと結んだ協定でも、文面上は「故郷や
資産を失ったユダヤ人難民・犠牲者」を「イスラエル、ないし
は新たな祖国に受け入れさせていくための編入費用」とされて
いる。

 直接謝罪もなしに、ドイツの善意による人道的援助という形
をとっていることに対して、ユダヤ人たちは怒り、補償金をも
らうべきではない、という批判すらあったという。

■9.「過去の清算」と外交基盤■
 ドイツの苦渋に満ちた立場と比べて、北朝鮮以外のすべての
国と、講和条約できちんと処置を済ませてきた日本の立場はは
るかに恵まれている。ドイツへの強制労働補償要求に味をしめ
て、米人元捕虜などが日本企業に対して補償請求をはじめたが、
ドイツとは違って「連合国及びその国民の請求権」を放棄させ
たサンフランシスコ講和条約の壁が立ちはだかっている。

 戦後の困難な時期にも関わらず、几帳面にすべての国と条約
を結び、誠実に賠償を果たしてきた先人の努力に、現在の日本
人は感謝すべきだろう。

 近隣諸国との関係を語る際、今なお「過去」の清算の不
十分さが指摘される日本とドイツの相違は大きい。それが
外交基盤の強弱につながっている。[9]

 という朝日の指摘は、事実も論理も転倒している。ドイツは
卓越した外交能力で、EUやNATOでリーダーシップをとり、
過去の清算の不十分さをカバーしつつ、近隣諸国との関係を築
いてきた。逆に日本は謝罪外交、ばらまき外交しかできず、せ
っかくの十分な過去の清算努力を無にして、一部の近隣諸国に
つけいられる隙を与えているのである。

 我々は、ドイツの外交をこそ見習うべきであって、その不徹
底な「過去の清算」ぶりは見習うべきでなく、また、その必要
もない。両国の「過去」は本質的に異なるからである。

■参考■
1. 朝日新聞、H5.9.4
2.「異なる悲劇 日本とドイツ」、西尾幹二、文春文庫、H9.10
3.「大東亜戦争への道」、中村粲、展伝社、H2.12
4.「アーロン収容所」、会田雄二、中公新書、S37.11
5.「間違いだらけの戦後補償論」、中島繁樹、祖国と青年、H5.9
6.「戦後補償論は間違っている」、岡田邦宏、日本政策研究センター
  H8.10
7.「ドイツ 難航する強制労働者補償問題」、世界日報、H11.11.26
8. 朝日新聞、「声」、H7.9.3
9. 朝日新聞、H5.2.27

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