釈放戦犯の洗脳と朝日新聞の日の丸論

「朝日新聞 天声人語」 昭和31年8月1日

 “洗脳”という言葉がある。英語では、ブレーン・ウォッシングという。中国で造られた言葉だ。むろん古い中国語ではない。革命後の中共に生まれた新語で、変脳ともいう。英語には“ターン・コート”というのがある。服の裏返しから転じて裏切り者、変節者の意味に使う。洗脳はこれとは違う。頭脳をすっかり洗い張りして別の思想に仕立て直す。

 思想改造であり人間改造である。中共は革命後、この“洗脳運動”によって国民の“人間改造”をやったといわれる。いわゆる“学習”や“自己批判会”で国民の思想の入れ替えをやったといわれる。

 こんどの興安丸帰国者のうち328人の“釈放戦犯”は、判で押したように同じことを言うと報ぜられる。十余年の苦しい抑留にも少しも不平をいわず、ひたすら過去の罪を総ざんげしているそうだ。それが撫順組も太原組も、元軍人も元憲兵も満鉄社員も医者も技術者も作家も、十人が十人とも申し合わせたように同じで、面会に行った妻と二人きりになっても、中国の土を離れた船上でも言うことは変わらず、それでいて驚くほど明るい顔をしているという。

 侵略の罪を個人としてもざんげするのに不思議はないが、一般帰国者が各自めいめいの考えをもっているのとくらべて、“戦犯”たちはやはり“洗脳”の洗礼を受けたのかと思わせられる。十年も社会から隔離されて朝から晩まで繰り返し“学習”させられたら、たいがいの人間は同じ鋳型にはめこまれるだろう。

 戦時中の日本人も、海外のニュースからは耳をふさがれて、大本営の勝手な発表ばかりを信じさせられ、“聖戦”とか“承詔必謹”とかの強制的催眠術にかけられて、一つ鋳型に流しこまれたものだ。ソ連も最近はよほど自由になったらしいが、それでもフルシチョフ氏の“スターリン批判”の演説そのものは、ソ連の新聞にはいまだに掲載されていない。それと信ぜられる内容が世界中の新聞雑誌に出ているのに、本家本元のソ連では国民は“口づたえ”以外には今なお知らされていない。

 “知らしむべからず”の“片耳政治”というほかない。世界中のニュースが隠されず洗いざらいに“両耳”から入る国柄なら、各人は政府なんかのお節介なしに、自由に自分の脳を常に洗い清められる。


 撫順組というのは、中国の撫順戦犯管理所に抑留され、中国の対日政治目的を忠実に実行するよう洗脳された人達のことで、日本へ帰国したのち中帰連(中国帰還者連絡会)を結成する。中国の手先となって、戦時中の日本軍の残虐行為を嘘証言も交えて宣伝して回り、反戦反日活動を積極的に行なっている。(小林よしのり「戦争論1」13章参照) 現在も左翼系マスコミに好意的に取り上げられることがあるが、彼らの言動の異常さは帰国時にすでに指摘されていたのだ。洗脳の恐ろしさは帰国後45年たっても解けないことである
日本人を洗脳して贖罪意識を植え付けようとしている連中には用心用心。




日の丸反対の急先鋒の朝日新聞だが、かつては今と正反対の論陣を張っていた。これには右翼・左翼ともにビックリ!

「朝日新聞 天声人語」 昭和24年1月3日


(敗戦後GHQ指令により日の丸の掲揚は禁止・制限されていた。昭和24年1月1日のマッカーサー年頭メッセージは、日の丸の自由使用を許可するというものであった。)

 マックアーサー元帥の年頭の言葉には、春風と秋霜とを同時に感じせしめるものがある。いささか過賞の感じがせぬでもないが、ほめられながら激励されるのは決して惡い氣持のするものではない。

 日本人に関する日本人の評論は、とかく(厳?)しすぎる傾きがないでもない。それは、内側からの自己反省でもあるのだから、当然のことではある。しかし少々薬がききすぎて、日本人がとかく悲観的になりすぎるきらいもないではない。どうせダメなんだという劣等感をいだくようになっては、日本の再建は覚束ない。日本人のいい所を見つけて温かい愛情の感ぜられる評論が、今の日本にはもっともっと必要なのではなかろうか。

 お正月のお年玉として、國旗の掲揚が無制限に自由になったことは、やはり楽しいことである。 正月の町や村に門松が立ち晴着姿の羽根つき風景があっても、門毎に日の丸の旗のひるがえっていないのは、画龍点睛を欠くの観があった。

 この数年間は、國旗のない日本であった。 國旗を掲げるのにその都度一々許可を得るのでは氣のすすまないのは偽りのない國民感情である。講和條約の締結までは、自由に國旗を立てられる日は來ないものと実はあきらめていた。

 しかし今、日本経済自立への旗印として、マ元帥は日の丸の旗を完全にわれわれの手に返還してくれたのだ。 忘れられていたこの旗の下に、われらは耐乏の首途をし、再建と自立への出発をするのである。

 さて國旗は自由を得たが、國民の手に國旗はない。戰災で國旗を失った家々は、立てようにも國旗がなく、この喜びを分つこともできないのだ。

マ元帥は國旗の自由をはなむけした。政府は國旗の現物を配給すべきである。

「大日本史番外編朝鮮の巻」から引用
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