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【海峡を越えて「朝のくに」ものがたり】(45)

【海峡を越えて「朝のくに」ものがたり】
(45)朝鮮人強制連行載せた「広辞苑」 「発行者」は朝大認可の仕掛人11月17日

■朴慶植も吉田証言引用
 朝鮮人強制連行という言葉を拡散させた『朝鮮人強制連行の記録』(昭和40年)の著者、朴慶植(パク・キョンシク)(1922〜98年)は、「作り話」と知ってか知らずか、講演などで吉田清治の話をたびたび引用している。
 《暴力的な連行の例をあげます…吉田清治という人が…『朝鮮人慰安婦と日本人』という本を出した。(略)朝鮮人慰安婦というのは、日本の陸軍が戦線の兵隊に遊ばせる為(ため)にだまして連行した女性を言ったんですけれども、兵隊が女性を連れてゆくのは例がないと言(い)われています。中国の各地でそれからビルマまで朝鮮の女性を何万と連行しています。(略)日本人には吉田清治のような、強制連行をやった人が相当数いるはずです》(朴著『在日朝鮮人・強制連行・民族問題 古稀(こき)を記念して』収録の平成2年の講演から)
 「朝鮮人強制連行」という言葉を使って非難する人たちの主張には「タコ部屋」「奴隷労働」「小便汁」というおぞましい表現が並ぶ。まるで日本人が悪事の限りをし尽くしたかのような印象だ。何でもかんでも「強制連行」と言いくるめるケースも目立つ。
 朴慶植の追悼号として出された「在日朝鮮人史研究」10年10月号に掲載された『戦時下の日本人が報じた朝鮮人強制連行の視察記』を見てみたい。昭和19(1944)年に京城帝大教授が書いた「近畿の工場に敢闘する半島産業戦士達(たち)を訪ねて」という文をそこに引用しているのだが、原文の内容は『強制連行』のタイトルとは程遠い。
 原文の要旨は(1)労務動員計画(昭和14年〜)によって集団で朝鮮から渡ってきた若者は総じて熱心で評判がいい(2)月給は最高180円、送金は同800円と好成績(3)移動率が高いのはブローカーらに欺かれて自由労務市場に誘惑される者が多いため(4)半面、自由契約の労務者は食うに困って渡ってきた、いわゆる失業移民で評判もよくない−。
 「労務者にとって半強制的徴発の如(ごと)く感ぜられる場合が無(な)いでもない」というくだりがあるが、これは、国家の非常時(戦時)に国民の責務として動員に加わるという、この計画の理念が十分に理解されていないという文脈の中で語られているもので、前述した「タコ部屋」「奴隷労働」といったような過酷な状況はどこにも書かれていない。
 むしろ、純朴で、故郷の家族に多額の送金を行い、職場からも重宝されている若者たちの姿は、日本の高度経済成長期の「集団就職者」に似ている。

■政治問題化に便乗
 “日本叩(たた)き”のツールとして利用された「朝鮮人強制連行」や「従軍慰安婦」などの言葉は、政治・外交問題化が顕著になった1980年代から90年代にかけて教科書や辞典にも順次、掲載されてゆく。
 日本を代表する辞典『広辞苑(こうじえん)』(岩波書店)に「朝鮮人強制連行」の項目が登場したのは、平成3(1991)年発行の第4版から。《日中戦争・太平洋戦争期に百万人を超える朝鮮人を内地・樺太(サハリン)・沖縄などに強制的に連行し、労務者や軍夫として強制就労させたこと。女性の一部は日本軍の従軍慰安婦とされた》とある。
 この内容は、朴らの主張に近い。「従軍慰安婦」と関連づけているのは、朝日新聞報道などによって政治・外交問題化したことに“乗った”のだろう。
 同社辞典編集部では、4版から掲載した理由について、「当時の日本近現代史や朝鮮史の校閲者による選定と推測するが、詳しい資料は残っていない」などとコメントしているが、4版の発行者として、「植民地支配の清算」を求め、日本政府の姿勢を厳しく非難してきた、安江良介(やすえ・りょうすけ)(1935〜98年)の名前があるのは偶然だろうか。
 同社の総合雑誌『世界』の編集長を16年にわたって務めた安江は、北朝鮮の金日成(キム・イルソン)(首相、国家主席)や韓国の金大中(キム・デジュン)(後に大統領)らと近く、進歩的文化人とよばれた「左派人士」を代表するジャーナリスト・編集者。この前年(平成2年)には、岩波書店社長に就任している。

■まるで北の代弁者
 安江の主張や行動は、相当「北」に偏っていたと言わざるを得ない。
 昭和42年、美濃部亮吉(りょうきち)(1904〜84年、東京都知事通算3期)による初の革新都政が誕生した際、安江は、ブレーンとして知事特別秘書に就任。美濃部が就任早々に手がけた「朝鮮大学校(東京都小平市)の各種学校認可問題」も、安江の“耳打ち”がきっかけだったことを美濃部自身が書き残している。
 《朝鮮大学校を各種学校として認可するかどうかの問題が、(前任の)東(龍太郎)知事の時からタナざらしになったままであることを、特別秘書の安江良介君から知らされた。安江君は、岩波書店にいた時(とき)から朝鮮問題に詳しい。話を聞いて、初耳だった私も、その重要性を知った…》(美濃部著『都知事12年』から)
 美濃部は、政府・自民党の反対を押し切って翌昭和43年、朝大の認可に踏み切る。朝鮮総連(在日本朝鮮人総連合会)幹部や朝鮮学校教員などを養成する朝大は、これによって固定資産税の免除などの恩恵にあずかることができた。
 46年に、都知事として初めて訪朝した美濃部は、金日成(当時・北朝鮮首相)と2度も面会。資本主義に対する「社会主義の勝利」をブチ上げるとともに、朝大認可に対して、金日成から、ねぎらいの言葉を掛けられている。安江自身も度々訪朝。60年、4度目に訪れたときは、金日成(当時・国家主席)との「解放四十年を迎えて」と題した会見記録を『世界』(同年8月号)に掲載。安江による「まえがき」にこうあった。《…日本政府は、四十年経ながらなお植民地支配の清算をせず、そのことを具体的課題として掲げていない。それのみか、韓国の軍事政権との一体化を進め、北朝鮮に対する敵対的関係を強めているのが現状である》。まるで、北朝鮮の代弁者かのようではないか。
 『広辞苑』は今年1月、10年ぶりの改訂となる、第7版が発行された。
 「朝鮮人強制連行」の記述はわずかに、人数が「労務者だけで約七〇万人」に、慰安婦から従軍の2文字を外した程度で、ほぼ変わっていない。一方で「従軍慰安婦」の項目は7版でも残されたままだ。
 韓国・北朝鮮などに政治利用されかねない記述は、そろそろ削除されたらどうか。=敬称略(文化部編集委員 喜多由浩)
安江良介
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