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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】(43)

【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】
(43)今なお続く日本の資金拠出 「戦後補償」にすり替わった人道支援 2018.11.3

 先の大戦中、地上戦で民間人が犠牲になったのは沖縄だけではない。日露戦争以降、日本が領有していた南樺太(からふと)でも4千人以上の民間人が亡くなっている。しかも、北海道の北半分を、奪い取る目的で、昭和20年8月15日以降も侵攻をやめなかったソ連軍(当時)によって丸腰の女・子供・お年寄りらが殺され、略奪・レイプといった非道極まる行為の犠牲になった。

 日本統治下の朝鮮と同様、南樺太にインフラ(鉄道、道路、学校など)を整備し、製紙や炭鉱、水産といった産業を活性化させたのは日本である。
 北海道の北にある魚の尻尾のようなこの細長い島に当時、40万人以上の日本人が住んでいた。ソ連軍が来るまでに北海道へ逃れられたのは約11万人。残された約29万人の日本人の大部分も、翌21年の「米ソ引き揚げ協定」によって順次、帰国がかなったが、朝鮮人は留め置かれた。これが、「サハリン残留韓国人問題」と後に呼ばれるのだが、ソ連軍政下で行われたことであり、占領下にあった日本政府が決定に関与していないのは前回、書いた通りである。

■主張は「虚偽」ばかり
 この問題をめぐって、昭和50(1975)年に始まったサハリン裁判で、弁護団などが主張した、日本による強制連行▽日本が朝鮮人だけを置き去りにした▽残された朝鮮人は4万3千人-は、いずれも事実とはかけ離れている。
 日本統治下の朝鮮から南樺太へ渡った朝鮮人労務者の大部分は高賃金に惹(ひ)かれ、自らの意思で行った(その中で後に現地で徴用に切り替えられた者はいる)。
 14年からの労務動員(年代別に「募集」「官斡旋(あっせん)」「徴用」)を“強制連行”と主張する人たちには、その期間(18年)に渡樺し、戦後、サハリン残留韓国人問題に力を尽くした朴魯学(パク・ノハク)(63年、75歳で死去)の例を紹介したい。朝鮮で理髪師として1日2円程度の収入だった朴は同7円という樺太人造石油の好条件に魅力を感じた。「いずれ徴用される」という思いがあったにせよ、朴は給料から朝鮮の家族が家を建てられるほどの大金を送っている。
もとより、戦時下という非常事態において徴用されたのは、日本人も同様だ。
 「4万3千人」の人数は戦後、ソ連が朝鮮北部(後に北朝鮮)などから労働力として移した朝鮮人(約2万人)なども誤ってカウントしてしまったことに起因している。実際に残留した朝鮮人は多くても1万人前後だろう。
 「日本が朝鮮人だけを置き去りにした」というのもウソだ。ソ連軍政下で、日本人・朝鮮人は「無国籍者」とされたが、パスポルト(身分証)の民族欄には日・鮮の区分が明記され、これが明暗を分けた。ソ連が朝鮮人を帰さなかったのは多くが南部(後に韓国)出身者で、友好関係にある後の北朝鮮への配慮や、日本人引き揚げ後の労働力不足を懸念したからである。実際、北への帰還を希望した朝鮮人は、出国を認められているのだから。

■残留者に押し切られ…
 残留者問題は、朴と堀江和子夫妻らの粘り強い帰還運動などによって63年以降、韓国への永住帰国が実現する。“美談”で終わる話が、そこから奇っ怪な展開を見せてゆく。内外から圧力を受けた日本政府は「法的責任はないが、人道的な立場から支援を行う」として、巨額支援を余儀なくされてしまう。
 平成元年、日韓の赤十字を実施主体にする「在サハリン韓国人支援共同事業」(別項)がスタート。2年には、当時の中山太郎外相が国会答弁で韓国に謝罪。社会党の村山富市を首班とする内閣になって、韓国で永住帰国者が住むアパート群建設など、約40億円の巨額支援が一気に決定(7年)された。
10年ほど前に日本の支援でできた、そのアパート群(「故郷の村」)を訪ねたことがある。住んでいるのは「故郷に帰りたかった元労務者のお年寄り」ではなく、多くが若い2世たちであった。これは、朝鮮人の残留者団体が、終戦までに南樺太にいた者すべてを1世とし「補償すること」を強く求め、事業の枠組みに入れてしまったからである。つまり、当時0歳の赤ん坊でも支援対象なのだ。ロシア語しか話せない彼らにとって韓国は「父祖の地」という以外の意味はない。
 一旦、永住帰国してもサハリンに残した家族と再会するための旅費まで、日本が面倒を見てくれるため「暑い夏はサハリンへ帰る」と嘯(うそぶ)く居住者もいた。彼らは「日本が補償するのは当然ではないか」と一様に口をそろえる。韓国政府はことある度に、日本に追加支援を迫り、人道支援は「戦後補償」問題へと、すり替えられていった。

■菅談話で亡霊が復活
 帰れなかった朝鮮人の苦痛は察して余りある。戦争に起因した問題であり、日本の責任は「ゼロ」だと言うつもりもない。だが、虚偽を並べ立て、すべての責任を日本に押しつけ、政治・外交問題化させた日本人や、安易に謝罪し、「カネさえ出せば…」と譲歩してしまった日本の政治家や官僚らの行為は許し難い。
 それが、慰安婦、徴用工問題などでも韓国を勢いづかせ、「強い態度に出れば日本は折れる」と、今なお続く理不尽な“日本叩(たた)き・カネの要求”につながってしまったからだ。
 残留者問題での不可解な共同事業への日本の資金拠出は、戦後73年がたった今も続いている。民主党政権時代の事業仕分け(21年)で一旦は「見直し」が決まったが、翌22年、日韓併合100年に合わせて出された菅直人首相(当時)の談話の中に事業継続がうたわれ、「亡霊」が甦(よみがえ)った。その内閣の主要閣僚に、巨額支援を決定した村山内閣と同じ革新政党の出身者がいたのは偶然ではないだろう。
「この程度の予算で済む(韓国政府が文句を言わない)のなら…」と本音を漏らした外務官僚の言葉が忘れられない。これまでの日本の拠出額は80億円を超えた。人道的支援ならば、日本はもう十分にやったであろう。譲歩すればするほど相手がかさにかかってくるのは「慰安婦問題」や徴用工をめぐる今回の韓国最高裁の判決で思い知らされたではないか。=敬称略、土曜掲載(文化部編集委員 喜多由浩)
               ◇
 ■在サハリン韓国人支援共同事業
 平成元~30年度の日本の拠出額は約84億円。サハリンから韓国への永住帰国支援(約3800人、アパート・療養院建設)▽一時帰国支援(延べ約1万7000人)▽永住帰国者のサハリン再訪支援(同約6900人)▽サハリン残留者支援(文化センターの建設など)。ほかに療養院のヘルパー代やサハリン残留者の医療相談、老朽化した施設の改修費などを負担。31年度予算の概算要求にも1億円あまりが盛り込まれている。
永住帰国者(左)と、夫と帰還運動を行った堀江和子さん
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