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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】(41)

(41)「独裁の道具」にはさせない 死をも覚悟した訪朝 2018.10.20

 北朝鮮の金日成(キム・イルソン)・正日(ジョンイル)父子に側近として仕え、朝鮮労働党国際担当書記だった黄長燁(ファン・ジャンヨプ)の韓国への亡命(平成9年2月)は、世界中に衝撃を与えた。

 主体(チュチェ)思想を黄とともに研究してきた「同志」で、朝鮮大学校副学長(肩書は当時)の朴庸坤(パク・ヨンゴン)(90)にも、北朝鮮・朝鮮総連(在日本朝鮮人総連合会)の追及の手が伸びるのは、避けがたい状況になった。

 朴著『ある在日朝鮮社会科学者の散策』に拠(よ)る。《黄長燁系列の余毒の清算は日本の朝鮮総連にも及んだ…ターゲットはこの私だと誰の目にもわかっていた。私には当時、朝鮮総連の社会科学者としての学位と学識の肩書(共和国科学院院士、在日朝鮮社会科学者協会会長など)がすべて冠せられていた》

 微妙な空気が続き、13年、ついに総連を通じて、朴に訪朝の招請状が届く。妻は猛反対した。「(訪朝すれば)二度と帰れない。殺されるかもしれない」。朴も“片道切符”を覚悟したが、「命を惜しんでいかないのは卑怯(ひきょう)だ」と覚悟し、黄から「決起」の計画を聞かされたとき以来、6年ぶりの訪朝を決意する。

 平壌では、そのまま北朝鮮に居残って主体思想の研究を行うことを勧められたが、日本のNIRA(政府系の総合研究開発機構)客員研究員として書いている論文がまだ執筆中であることを理由に断った。

 逆に、朴には何としてでも聞かねばならないことがあった。「最近、主体思想が強調されていないのではありませんか」と党中央の幹部に質(ただ)すと「今は『先軍政治(金正日が掲げた軍事中心の方針)』の時代だ」と返された。

■「人間のくず」の悪罵
 緊迫したやりとりの中で、朴は何とか“イエローカード”で踏みとどまる。帰国後、今度は総連議長の徐萬述(ソ・マンスル)(平成24年、84歳で死去)らから呼び出される。徐は、NIRAの論文を気にして、出版前に組織の承認を受けるよう迫ったが、朴はもはや、学者としての良心に逆らうつもりはなかった。生涯をかけて研究してきた主体思想が“独裁政治の道具”として歪(ゆが)められ、蔑(ないがし)ろにされている。朴には「先軍思想が主体思想の神髄になることなどありえないこと」だった。

16年3月に製本されたNIRAの論文には、《金正日政権の非理を論難するくだりがあった…反北朝鮮文書の意図的流布と解せられた。執行猶予は取り消された》(「同書」から)。朴は、23年間続けた朝大の副学長、総連中央委員などを解任された。

 さらに19年、テレビ番組に出演して、それまで極秘だった「朝大生200人の帰国(昭和47年)」の事実を公表したことにより、すべての勲章や称号の返還を求められたことは以前(連載38)に書いた通りである。北朝鮮の朝鮮中央通信は朴のことを「人間のくず」だと罵(ののし)った。

■消えた「主体思想」
 北朝鮮の国家と党の公式イデオロギーであったはずの「主体思想」という言葉は近年、あまり使われなくなった。一昨年、36年ぶりに開かれた朝鮮労働党の党大会でも、その言葉はどこにも見当たらない。

 朴自身は、『博愛の世界観』を使うことにした。「(主体思想は)人間があらゆるものの主人であり、あらゆるものを決定する。誰も解明できなかった問題を主体哲学は解明しました。未来の理想社会は、自由と幸福とが保障される人道主義社会であるべきです。世界を発展させる最も強い力は『愛』による統一ですから、『博愛の世界観』と呼ぶことにした。もう私は『主体思想』という言葉は使いません」

■朝大は国際化すべきだ
 平成12年には、韓国の左派政権下で朝鮮籍者の訪韓要件が緩和されたことで、昭和23年に“海峡を越えて”日本に密航して以来、52年ぶりに韓国全羅南道の故郷を訪ねた。5年後に再び訪韓したときには、韓国へ亡命した黄と、涙の再会を果たしている。

 総連組織を離れた今も、個人的つながりまでなくなったわけではない。長く教員として在籍した朝大の教え子は数千人、現在の総連幹部の中にも多い
朴が教員として赴任した朝大の草創期、校舎などは教職員と学生自らの手で建てられた。朴が慣れない講義に四苦八苦しているときも、若い学生たちは熱心に耳を傾けてくれた。1960年代の「金炳植(キム・ビョンシク)事件」の後、荒廃した朝大の再建を任されたときは、学校に泊まり込み、寝る間も惜しんで一人一人に改革を訴えた。再び朝大が正常化するまで3年の月日が必要だったという。朝大への思いはいまなお強い。

 在日コリアンは日本社会への同化が進み、若い世代の意識も急速に変わりつつある。こうした動きに耳を貸さず、依然、北朝鮮の独裁体制への“盲従”をやめようとしない総連組織は細り、求心力は低下、朝大の在校生も、全盛時から大きく減り、存続の危機に立たされている。

 朴の目に「朝大の現状」はどう映っているのか。
 「(朝鮮学校で行う)民族教育は必要だと思う。ただし、(北朝鮮の独裁体制を賛美するような)思想教育と一緒にするのはおかしい。僕は民族を愛し、世界を愛している。そういう思想教育に変えていかねばなりません。朝大はもっとオープンにすべきですよ。開放し、広く人材を受け入れる。そして、国際社会に通用する人材を育成してゆくために、もっと国際化すべきでしょうね」

 昨年出版した『ある在日朝鮮社会科学者の散策』は、激動の半生を赤裸々に振り返り、北朝鮮の独裁体制や総連組織への厳しい批判も綴(つづ)られている。朴は「信念を曲げずに書くことができた」という。

 まさに老学者による「頂門(ちょうもん)の一針(いっしん)」というべき本だったが、総連関係者からの反応はなかった。

 目を悪くし、体調は必ずしもよくない。それでも、朴は『博愛の世界観』を究めたい一心で思想的な格闘を続けている。=敬称略、土曜掲載(文化部編集委員 喜多由浩)

白頭山のパク・ヨンゴン
パク・ヨンゴン
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