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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】 (36)

【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】
(36)蔚山(ウルサン)飛行場の栄枯盛衰 朝鮮の大空かけた旅客機 2018.9.15

 蔚山(ウルサン)は、釜山の北約70キロ、朝鮮半島南部東海岸にある港町。現在は、韓国を代表する財閥・現代グループの企業城下町として知られているが、昭和17(1942)年の朝鮮総督府統計によれば、人口(蔚山郡)約2万9千人、このうち日本人(内地人)は675人しかいない。

 宮崎市在住の岩下鎮生(しずお)(92)の父、久栄(ひさえい)(1894~1969年)は大正3(1914)年、宮崎師範を出て、12年に朝鮮へ渡った。昭和7年4月、釜山高等小学校から蔚山小学校の校長として赴任。翌年に同小に入学した鎮生は、「釜山に比べると蔚山はとても小さな街で、さびしい田舎に見えた」と振り返る。

 その蔚山郡の三山里に4万円の巨費を投じ、京城飛行場(汝矣島(ヨイド))と並ぶ「蔚山飛行場」が造られたのは3年のことである。約6万坪の敷地に600メートルの滑走路と格納庫、航空会社事務所などを備え、10年には約10万坪に拡張され、拠点空港のひとつとなった。

 政府の支援を受けた航空会社「日本航空輸送株式会社」の設立も3年の10月。翌4年4月から内地、朝鮮、満州間相互の貨物・郵便輸送を開始、同年10月からは、定期旅客便の営業もスタートさせている。路線は内地の東京-大阪、大阪-福岡のほか、京城-平壌、平壌-大連など。「蔚山」は京城-福岡ルート、その先の内地や大連への中継地となっていた。

 とはいえ、民間飛行機を利用できるのは、まだまだひと握りの人だけ。9年3月の民間航空事業概況によれば、朝鮮内の定期航空航路は計約670キロでしかない。就航している航空会社は、日本航空輸送と満洲航空の2社のみ。航空機は6機、パイロットは20人で、このうちの7人が朝鮮人パイロットとなっているのは興味深い。

◆ピカピカの陸軍献納機
 岩下一家が、7年8月に、蔚山飛行場で撮った記念写真が残っている。後ろに写っているのは同月、民間から陸軍に献納されたばかりのピカピカのプロペラ飛行機。機体には『愛国43(朝鮮)』の大文字と日の丸が、垂直尾翼には、機種を示す『九二式戦闘機』の小文字が書かれている。

 献納機は昭和初期に、国民による国防献金などで造られた軍用機。陸軍は「愛国号」、海軍は「報国号」と称した。日本全国のほか、外地の朝鮮、台湾、満州で行われ、企業や団体、女学生や児童のお小遣いなどで献納された飛行機もあったという。

 もうひとつの写真は8年3月、京城-蔚山-福岡便に就航していた日本航空輸送の「フォッカー・スーパーユニバーサル機」を蔚山飛行場で撮ったものである。同機は、3年から製造されたアメリカ製の単発プロペラ機(日本の中島飛行機でライセンス生産された)。約200機が製造されたが、日本航空輸送はうち二十数機を所有する最大のユーザーであった。

 全長約11メートル、420馬力の空冷9気筒エンジンを積み、最大速度は、時速約240キロ(巡航時約170キロ)。航続時間は、約5時間。パイロットら乗員2人、乗客は最大で6人しか乗れなかった。

 飛行機の前にちょうど6人の男女が写っているが、宣伝用にデモフライトで撮ったらしい。岩下鎮生の父、久栄も「一度、乗ったことがある」と鎮生は聞いたことがある。乗客数は年々増加したが、経営環境は厳しかったという。

 9年10月の時刻表によれば、蔚山-福岡間の運賃は18円(所要時間1時間50分)。船と鉄道を乗り継げば、蔚山-博多間は約14時間かかるものの、運賃は、約3分の1の計約6円30銭で済んだ。

◆飛行場長は後の日航社長
 もう一点、興味深い写真がある。

 8年4月、父、久栄が校長を務めていた蔚山小学校の奉安殿の前で撮った記念写真だ。奉安殿とは、天皇、皇后両陛下の御真影(ごしんえい)(写真)と教育勅語を納めていた建物のことである。

 奉安殿の前に整列した人の中に校長の久栄と並んで蔚山飛行場場長だった若手官僚の松尾静麿(しずま)(1903~72年)の顔がある。

 松尾は、旧制佐賀高から九州帝大機械工学科卒。民間企業を経て、逓信省に入省、朝鮮総督府航空官となり、蔚山飛行場長、大邱飛行場長などを歴任し、朝鮮とは縁が深い。戦後は、日本航空業界の復活に尽力し、日本航空の社長・会長などを務めた。

 岩下一家の写真には、自動車で到着した御真影を、たくさんの人々が道路に整列して恭しく迎えるところや、奉安殿の前に、教職員と児童が並んで立っている場面も残されている。この年に入学したばかりの鎮生もこの中にいたという。「奉安殿を新しくしたときの記念写真だと思う。松尾さんは当時30歳くらい。写真中央に写っているのを見ると、飛行場長の地位は高かったんでしょうね」

 民間の定期旅客便の中継地としての蔚山飛行場の“命”は短かった。

 12年、就航機の大型化にともない、中継地の役割は、慶尚北道の中心都市・大邱に移される。大邱飛行場は同年1月、約20万坪で開場、15年には約50万坪に拡張され、蔚山に取って代わる朝鮮内の拠点空港のひとつになった。

 蔚山飛行場は、定期旅客便が大邱に移った後は、陸軍の飛行場となった。600メートル滑走路と直角に交わる2本目の滑走路(600メートル)も建設されたが、戦後廃止され、住宅地となったという。=敬称略(文化部編集委員 喜多由浩)
蔚山の位置
蔚山飛行場に来た「愛国」号
旅客機発着時刻表
定期旅客機として飛んだ「フォッカー」
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