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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】(8)

【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】
(8)感謝された初等教育 「北の2人の母」も日本と関わり
   2018.3.4

 北朝鮮・朝鮮労働党委員長、金正恩(キム・ジョンウン)の母親は、昭和27年、大阪に生まれた高英姫(コ・ヨンヒ)とされている。過去には日本生まれの経歴に触れないまま、何度か「偶像化」が図られたが、うまくはいかなかった。最近、北朝鮮を訪れた在日コリアンは彼女の名前を出したとき、監視役を兼ねる案内員から「その名前は絶対に口にしてはいけない」と厳しくとがめられたという。
 なぜ、「日本との関わり」を隠そうとするのだろうか。抗日パルチザンとして、日帝の軍隊をさんざん打ち破った百戦百勝の将軍などという“盛りに盛った”祖父、金日成の経歴に今さらキズがつくというわけでもあるまいに…。
 昨年2月、マレーシアの空港で金正恩の兄、正男(ジョンナム)が猛毒のVXを浴びせられて死亡した事件の「背景」にも、母親の“出自コンプレックス”があったという見方が出た。正男の母親、成蕙琳(ソン・ヘリム)は、映画女優出身で夫がいたのに、兄弟の父親である金正日が強引に略奪したとされている。
 だが、実は幼時における「日本との関わり」という点で、兄弟の母親たちは戦中、戦後の違いはあるが、2人とも同じなのだ。
■反目やいさかいなし
 日本統治時代の朝鮮随一の名門校であった京城師範附属(ふぞく)小学校。この学校は同じ敷地内に、主に日本人が通う第一小と、朝鮮人の第二小があった。
 説明が必要だろう。朝鮮の教育近代化を進めた日本は学校建設にあたって、「国語(日本語)能力の違い」によって初等教育を小学校(日本人)と普通学校(朝鮮人)に分けた。朝鮮人児童は、学齢期になるまで家庭では朝鮮語しか使っていないからである。
 もっとも、軍人や官吏、名家の子弟など一部の朝鮮人児童は日本人の小学校に通っていたから「差別」と映ったかもしれない。2つの学校名称はその後、「小学校」→「国民学校」と統合されたが、内鮮の区別は最後までそのままだった。
 京城師範附属小にも2つの学校が存在した。昭和12年生まれとされている、金正男の母、成蕙琳は終戦時、その第二小に通う児童だったのである。
 同小で成蕙琳の兄と同級生だった金昌國(昭和8年生まれ)が『ボクらの京城師範附属第二国民学校』の中で、彼女の思い出に触れている。《私はずっと副級長だった…級長になれない理由はただ一つ、クラスには成田君(※成蕙琳の兄)がいたからである。(略)成田君にはかわいらしい妹が二人いて、兄妹三人で登校していた。学校でも時どき兄である成田君に会いにきた…見当たらないと「お兄ちゃんは、どこ」と聞いてきた。かわいらしい妹たちであった》
 この末妹が成蕙琳であった。戦後、一家は北へ渡り、成蕙琳の姉は正男の家庭教師をしていたと伝えられる。
『日本統治時代を肯定的に理解する 韓国の一知識人の回想』を書いた朴贊雄(大正15年生まれ)も同小の卒業生だ。いい思い出が圧倒的に多い。《(第一、第二小は)それぞれの運動場を中にして隔たっていた。しかし、僕らは六年間を通して第一附属の日本人学生と反目や諍(いさか)いに及んだ覚えはない》
 また、4年生のときに新築された校舎が当時、京城帝大にもなかった水洗トイレだったことを記した上で、朴はこう書く。《その新築校舎を日本人児童にあてがって、朝鮮人の方にはお古の校舎を授けたところで何ら問題はなかったはずである。しかし新築の校舎をチャンと(朝鮮人の)児童らに渡したのは、当たり前と言(い)えばそれまでだが、僕は内心感心した》
 まさに、“お人よし”の日本統治をしのばせるエピソードではないか。
■お人よし日本人児童
 今年1月、98歳の誕生日を迎えた上野瓏子(ろうこ)は、日本人と朝鮮人児童の両方の小学校で教壇に立った貴重な証言者だ。2年前、その思い出を『おばあちゃんの回想録 木槿(むくげ)の国の学校 日本統治下の朝鮮の小学校教師として』に書いた。
大正9年、朝鮮南部の全羅南道生まれ、高等女学校を出て、昭和14年、朝鮮人児童が通う榮山浦南小学校の代用教員に。月給40円(現価で8万円前後)は翌年、正式な教員となって、外地手当や住宅手当など約30円も加えられた。
 朝鮮人児童の月謝は55銭(同1千円前後)で、低く抑えられていたという。小学校への入学者は年々増加し、《入学児童数は、男子の方が多く、年齢も揃(そろ)っていて、ほぼ全入に近い状態でした》(同書)と書いている。校長は日本人で、教頭職は朝鮮人。教員は両者半々である。
 19年、今度は日本人児童の月見小学校へ。朝鮮人児童との気質の違いにふれたくだりが興味深い。《日本人の子どもたちの一番の特徴は、闘争心に欠けるということです。しかも、大変お人よしでした。よくいえば、寛容ともいえます》。何やら現在の日韓、日朝関係を思い起こさせる。
 一方で、父親が朝鮮人で成績優秀だった児童を、上野が級長にしようとしたところ、日本人校長が難色を示したというエピソードも記している。統治民族と被統治民族が「イコール」だったわけではない。
上野は実際、どう感じていたか。高齢のため筆談によるインタビューで、「日本の教育を一般の朝鮮人がどう受け取ったかについては、よく分かりません。ただ、戦後の韓国の教育改革に尽くした方(※韓国人)は、統治下の日本の教育が韓国の教育制度の根幹をなしていることや人材の育成の大切な土台となっていることに感謝されています」と。韓国人でも、分かっている人は分かっている。=敬称略、日曜掲載(文化部編集委員 喜多由浩)
成蕙琳(ソン・ヘリム)
上野瓏子(ろうこ)
高英姫
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