【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】(1)

(1)日本ほど「お人よし」の統治者はいない 産経新聞 2018.1.14

 他民族の統治において、日本ほど、お人よしで、おせっかいで、一生懸命にがんばった国はない。かつての朝鮮、台湾の統治、あるいは日本が強い影響力を行使した満州(現中国東北部)の経営。当時の日本の国力からすれば、過重な負担に耐えて莫大(ばくだい)な資本を投入し、近代化を助けた。資源や労働力を極限まで搾り取ったり、現地人にロクな教育を与えない愚民化政策も行ったりしなかった。鉄道や道路を敷き、鉱工業を興し、商業、農業、林業を活性化させ生活を富ませた。学校や病院を建て、近代教育制度、衛生環境を著しく向上させたことは疑いようがない。

 日本が朝鮮統治時代につくった鉱工業施設や発電所の多くは現在の北朝鮮地域にある。日本が残した資産は現価で8兆円以上。戦後、北朝鮮は、それを「居抜き・タダ」でもらったおかげで1970年代初めまで経済面で韓国より優位に立つことができた。

 外地初の帝国大学として大正13(1924)年=予科開設、学部は2年後、現在の韓国ソウルに創設された京城帝国大学は、東京帝大や京都帝大よりは遅いが、大阪帝大や名古屋帝大よりも早くつくられている。高等教育を受けた卒業生は戦後、韓国の政、官、財界リーダーとして活躍した。韓国軍草創期の将官も日本の陸軍士官学校や満州国軍軍官学校出身者が多い。まだまだある。朝鮮総督府が同15年につくった公的な唱歌集「普通学校(小学校)補充唱歌集」には朝鮮語(ハングル表記)の歌がたくさん収録されている。主に公募によってつくられたオリジナル歌詞は朝鮮の偉人や名所旧跡、景勝地を歌ったものが多い。唱歌は子供たちが、子守歌の次に触れる音楽であり、情緒育成に大きな影響がある。学校で唱歌を教えられた朝鮮の子供たちは「僕たちの先人にはこんな立派な人たちがいた。自然や歴史的遺産もたくさんあるんだ」と感じたに違いない。現地言語をつかったオリジナルの学校唱歌は、親日的な台湾や、満州でも例がなく、朝鮮だけだ。

 これはどうだ。南北を問わず朝鮮民族にとって最も親しみを感じる歌「アリラン」が同じ、大正15年に公開された同名の映画の主題歌が元になっていることを現代人は知っているのだろうか。しかも、映画の内容は、「日本の威を借りた悪徳地主に抵抗して処刑とされる男」が主人公。それが検閲をパスし堂々と現地で公開されているのだ。唱歌も映画も、緩い文化政治という時代の出来事とはいえ、やはり、日本の統治は“お人よし”と言わざるを得ない。もちろん、統治者と被統治者が同じ歴史観を共有することなどあり得ない。韓国は、この時代を日帝時代と呼び教科書には数々の“悪行”を言葉を極めて罵(ののし)り「民族抹殺」と書いて子供たちに教えた。

 何しろ、華夷秩序の中華思想(小中華)が染みついた民族である。儒教文化的に劣っている連中だ、と「上から目線」で見ていた日本人に支配されてしまったのだから怒りは倍加する、悪いことは全部「日本のせい」となって事実でないことまで妄想は膨らんでしまう。揚げ句、「日帝」に関わったというだけで子々孫々まで指弾され、財産も取り上げられた。慰安婦問題や徴用工問題など、国同士で約束したことを平気でホゴにし、世界中に日本の悪口を言いふらし続ける…。

 もうウンザリではないか。確かに日本が必要以上に“がんばった”のは単なる善意ではなく当時の為政者が「日本の国益にかなう」と判断したからだろう。他民族を統治する上では強圧的な行為や差別がなかったとは言わない。つらい目に遭ったり、屈辱を感じたりした人も多かったと思う。

 だが、すべてを「ゼロ」、あるいは「マイナス」としてバッサリ斬り捨ててしまうのは、お互いのためにはならないし、未来志向でもない。日本統治時代、飛躍的に豊かになった朝鮮の人口は倍増した。海峡を越えて、日本へやってきた朝鮮人には、戦後のスーパースターのひとりに数えられるプロレスラーの力道山、紅白歌合戦にも出場した歌手の小畑実、日本一の美声とうたわれたテノールの永田絃次郎(げんじろう)ら文化・スポーツ関係者も多い。反対に、情熱と志を胸に抱いて海を渡り、朝鮮の近代化に尽くした日本の民間人も数知れない。

 亡くなった後に、祖国から名誉を傷つけられ、親族が身を縮めている姿を見るのは切ないし、タブー視して功績がなかったことにされてしまうのはしのびない。
               
■  □  ■

 本欄は、証言と史料によって、こうした人たちの生涯や出来事を追い「真実」に近づきたいと思っている。

 最初に取り上げるのは日本統治時代の朝鮮で、異例の覆審法院検事局検事(現在の高検検事に相当)になった大和田元一(げんいち)(朝鮮名・李炳瑢=1905~92年)だ。

 九州帝大を出て、昭和9年の高等試験(現在の公務員上級職試験)司法科(同司法試験に相当)合格。30代で、平壌覆審法院検事局検事(三席)になった。役人としてのランクは、天皇の裁可を受け、内閣総理大臣が任命する「奏任官」である高等官四等。軍人ならば、佐官クラスである。
キャリア官僚の登竜門である高等試験は、当時も難関中の難関だった。大和田の同期(昭和9年)合格者(行政科も含む)には、最高裁判事になった団藤重光や日銀総裁・前川春雄、大蔵(当時)事務次官・石野信一らがいる。

 朝鮮人の合格者は少数だが、珍しくはなかった。法を司(つかさど)る判事や検事になる司法科では、合格者名簿を見ると、約330人中、朝鮮人ら外地人とみられる名前は20人近い。戦後、韓国の農林相になった任文桓(旧制六高-東京帝大法学部)は行政科で合格している。昭和2年の朝鮮総督府及所属官署・職員録を見れば、朝鮮の13の道(日本の県に相当)の知事のうち、5人が朝鮮人だ。

 大和田がどんな思いで、検事の仕事を務め、そして戦後、韓国でどんな仕打ちをうけたか…。それは次週に書きたい。=敬称略

 日本と朝鮮半島は、海峡を越えて古来、深い縁(えにし)を結んできた。近いが故の葛藤、もつれた糸をほどいてみたい。(文化部編集委員 喜多由浩)
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