【実録 韓国のかたち 第3部(6・7・8)】

【実録 韓国のかたち 第3部(6)】2017.12.25
「金で買った」南北首脳会談 金大中政権、金正日秘密口座に4億5千万ドル、軍事費転用の疑惑

政権とるや対北朝鮮政策を大幅修正、融和政策へ
 4度目の挑戦で大統領の座を手に入れた金大中(キム・デジュン)はすぐさま、それまでの対北朝鮮政策を大幅修正した。南北間の交流を増やし、経済支援を拡大、ひいては平和統一を実現するとの融和政策へとかじを切ったのだ。
 1998年4月には「南北経済協力活性化措置」を発表、企業の対北朝鮮事業を積極的に奨励する。
 そこに一番乗りしたのが、北朝鮮南東部、江原道生まれの鄭周永(チョン・ジュヨン)が率いる現代グループだった。北朝鮮は金剛山観光など7つの大型事業の独占的な権利を現代に与える代わりに巨額の見返りを要求した。
 投資効果の疑わしい現代の事業を金大中政権は資金面の融通などで支え、同時にこれを南北首脳会談の足掛かりに利用した。 
 現代の仲介で史上初の南北首脳会談が実現するのは2000年6月。ところが、世界の注目を浴びたこの会談は2年もたたないうちに、「金で買った」との疑惑が持ち上がる。
「送金疑惑」、有力紙は報道を拒否、やむなくとった策は…
 保守系雑誌「月刊朝鮮」は、02年5月号で米国議会調査局が作成した「米韓関係報告書」をもとに「南北会談のため、政権は国家情報院を使って金正日(ジョンイル)の海外の秘密口座に4億5千万ドルを送金した」と報じた。

韓国国会で疑惑が追及されるのは報道から4カ月後。保守系の野党ハンナラ党議員の嚴虎聲(オム・ホソン)と証人として出席した韓国産業銀行元総裁、嚴洛鎔(ナギョン)との間でこんなやり取りがあった。
 議員 「米議会の報告書によれば、現代グループは北に事業代価として支払ったお金の他に、秘密裏にさらに4億ドル余(米議会報告書では5億ドル。現金4億5千万ドルと、5千万ドル相当の現物)を支払った。これが軍事費に転用された可能性があるとの指摘があったが、追跡の結果事実と判明した。(中略)産業銀行が現代商船(現代の子会社)に4億ドルを貸した当時、あなたはまだ総裁職にはいなかったですね」
 証人 「はい」
 議員 「総裁就任後、(4億ドルを回収しようとすると)現代側は『このお金はわれわれではなく、政府が責任をもつべきだ』と返済を拒否したというが」
 証人 「その通りです」
 議員 「では、そのお金は誰がどこへ使ったか」
 証人 「それはわかりません。ただ、『政府が返すべきお金だ』という説明がありました」
 実は、この国会質問は疑惑を暴露するため、2人が計画したものだったことが最近明かされた。
 今年3月に出版された回顧録で嚴洛鎔は、「現代グループの資金の流れをみたがとても混乱していた。こんな状況でまた資金要請があった。私は使途不明の支援要請に対し『口頭ではなく文書で要請しろ』と突っぱねた。すると、政府関係者らが激怒していると聞いた。結局、私は公職(総裁)を去るしかなかった」

暴露したのは「隠したままだと、心のがんになりそうだったから」という。
 そのきっかけは、02年6月、韓国の延坪島付近で起きた南北艦船の軍事衝突で韓国軍兵士6人が戦死したことだった。
 「延坪海戦で北朝鮮が使った装備にわれわれが提供した資金が使われたかもしれないと思うと黙っているわけにはいかなかった」
 嚴洛鎔は有力紙の記者に連絡をとり、資料を渡して送金疑惑を暴露してほしいと頼んだが、記者は「今はまだその時期ではない」と断ってきた。
 このため、旧知のハンナラ党議員、嚴虎聲に国会での追及を依頼したのだ。
南北会談の半年後、金大中がノーベル平和賞 対北政策への“お墨付き”
 首脳会談の直前、現代が北に支払った巨額の現金の他に、金大中政権が金正日の秘密口座に4億5千万ドルを送金していたという事実はその後、韓国の特別検察の調査でも明らかになる。
 南北首脳会談から半年後。金大中は見事にノーベル平和賞を受賞した。金の支持勢力からすれば、それは対北政策に対するお墨付きでもあった。
=敬称略
(龍谷大学教授 李相哲)


【実録 韓国のかたち 第3部(7)】2017.12.26
金大中3人の息子全員が不正…左派の牙城での大会、ヤジが飛ぶ中、空気変えた「盧武鉉演説」

保守勢力に渡った場合の政治報復恐れ、素早く動く
 左派政権もまた、腐敗とは無縁でなかった。金大中(キム・デジュン)は政権末期に連続して起きた側近と家族の不正事件に悩まされた。任期1年を切った2002年5月、三男弘傑(ホンゴル)が36億円にのぼる賄賂を受け取った疑いで、6月には次男、弘業(ホンオブ)が脱税などの疑いで逮捕された。国会議員だった長男、弘一(ホンイル)も人事をめぐって賄賂を受け取ったとして金の退任直後に在宅起訴された。
 次男の逮捕直後に金は声明を発表し次のように謝罪した。「生涯さまざまな苦難を経験しましたが、こんなに悲惨なことが起きるとは思っていませんでした。これはすべて私の間違いであり、至らなかったからです」
 3人の息子全員が不正に関与しているとの噂は逮捕前からあった。週刊誌「時事ジャーナル」は、01年12月30日、「金大中の3人息子」の疑惑を報じる記事で「世間では、『これから大統領を選ぶときは子供がいないか未成年者を選んだほうがいい』という言葉がはやっている」とつづった。
 次期政権が保守勢力に渡った場合の政治報復を恐れたのだろう。金の与党、新千年民主党の動きはこれらの報道よりも早かった。
 01年8月、金の支持基盤であり、左派の牙城として知られる韓国南部の都市、光州で新千年民主党は「国政弘報大会」を開いた。

「地域感情」に火をつけ…会場は歓呼のるつぼに
 この大会には党内の次期大統領候補とみられていた韓和甲(ハン・ファガップ)、鄭東泳(チョン・ドンヨン)、盧武鉉(ノ・ムヒョン)らが顔をそろえた。
 真っ先に演説に立ったのは金の側近中の側近で「リトルDJ」(DJは金の略称で小さい金大中の意)と呼ばれる韓だったが、会場からはヤジが飛んだ。
 金をうまく補佐できなかったとの不満の表れだった。次に立ったのは、キャスター出身の鄭だったが感動のない演説だった。
 しらけた空気のなか、登場したのが盧だった。盧はこう口火をきった。
 「私は何より義理を大事にする人間です。DJに巡りあったおかげで損をしたこともあります。それでも私は義理を守ります」
 会場の空気が変わり始めた。盧はこう続けた。 「DJが失政をしたとして多くの人が罵(ののし)っていますが、そんなことをしたらDJも終わりです。他のところでDJを罵倒するのは仕方ないですが、ここ光州市民は絶対そんなことをしてはなりません。私は釜山(湖南地域)のヤツだからこんなことを言うんです」
 そのとき会場にいた現首相、李洛淵(イ・ナギョン)はこう振り返る。「盧の演説が終わった途端、会場はひっくり返りました。ひとことでいうと歓呼のるつぼでした。そのとき、私は彼の可能性を感じました」
 盧の演説は韓国の「地域感情」に火をつけたのだ。

金大中、予備選始まる前から盧武鉉に好感
 盧は1946年、韓国南部の慶尚南道金海で生まれたが、本籍は金大中とおなじ全羅道だ。学縁、地縁を大事にする韓国ではどこの生まれで、本籍がどこかは重要だ。
 66年に釜山商業高校を卒業して農業協同組合の就職試験をうけるが不合格。定職につけず日雇い労働をしながら9年間の独学の末に司法試験に合格した。盧は当時の気持ちを「その瞬間ほど幸せを感じたことはなかった。妻は私の膝に顔を埋め、ワンワン泣いた」。
 02年の大統領選を取材したソウル放送記者、オム・グァンソクは著書、「大選(大統領選)陰謀」で「金大中は予備選が始まる前から盧武鉉に好感を抱いていた」と記した。
 オムによれば、金は「保守系候補に勝てる人、自分を裏切らない人を選んだ」。湖南地域の支持は必須だった。与党の予備選には7人が立候補したが、02年4月、盧が公認を射止めたのだった。
=敬称略
(龍谷大学教授 李相哲)

【実録 韓国のかたち 第3部(8)】2017.12.27
盧武鉉「突飛な行動」 虐殺荷担の左翼活動家の義父問題に開き直り?「親北」隠さなくなり…

直球発言に熱烈ファン 「愛する会」まで
 与党公認の大統領候補になるまで盧武鉉は左派系列の政党でも主流に属していなかったが、突飛な行動に出る政治家として有名だった。
 1988年、国会議員に初当選した盧は、翌年秋に行われた国会聴聞会で全斗煥(チョン・ドゥファン)政権の不正を調査する特別委員会の委員として現代グループ会長の鄭周永(チョン・ジュヨン)を追い詰めるが、その場面がテレビで生中継され一躍有名になった。
 国会議員の多くが畏敬の念をもって質問にたつなか、盧は鄭を厳しく追及した。強い訛りに、庶民的な言い回し。直球を好む盧の熱弁に熱烈なファンができた。
 さらに盧は突飛な行動に出た。当選の可能性の高いソウル鍾路(チョンノ)区の公認を拒否して釜山から出馬したのだ。盧の落選直後、ネットでは「落選に涙が止まらなかった」という書き込みが殺到、市民参加型のニュースサイト、「オーマイニュース」は、その現象を「鬱憤が豪雨の如く降り注いだ」と報じた。
 その後、光州地域を中心にインターネットを通じて結成されたのが「ノサモ(盧武鉉を愛する会の頭文字)」だ。200人で始まったが瞬く間に全国に広がり、7月には、有名俳優のミョン・ゲナムを代表に選出。「盧武鉉を大統領に」とのスローガンを掲げた。
「愛する妻を捨てろと言うのか」
 一方で盧だけは駄目だという人々も多かった。保守派が問題にしたのは彼の「対北朝鮮観」だった。義父の権五石は1949年に南朝鮮労働党に加入、朝鮮戦争中に慶尚南道昌原郡労働党副委員長として一般市民の虐殺に加担したとして殺人などの疑いで逮捕歴のある左翼活動家だった。
 2002年4月6日、光州から始まる予備選挙に立った盧は義父の経歴を問題視して攻撃してくる人々にこうまくし立てた。
 「私は、義理の父が左翼活動前歴のあることを承知のうえ、妻と結婚しました。妻は子供たちも立派に育てたし、私たちは愛しあいながら生活してきました。そんな妻を捨てろと言うんですか? そうすれば大統領の資格があって、妻を愛し続ければ資格がないと言うんですか?」
 この演説以降、盧は親北姿勢を隠そうとしなくなる。5月の仁川地域の遊説で「(私は)南北対話だけ成功させられたら、他のことはすべてダメにしても構わないと思っている」と発言した。
北対応批判する他候補には論点すりかえ
 韓国では、北朝鮮という壁、地域という壁をうまく乗り越えなければ大統領にはなれない。この選挙では特に対北方針が重要な判断基準となっていた。

当時の米大統領、ジョージ・W・ブッシュはこの年の一般教書演説で、国際原子力機関(IAEA)査察団を追放し、国際条約を破棄して核開発を続けようとする北朝鮮を「悪の枢軸国」と非難した。韓国国内では、保守勢力を中心に「カネとモノ」を北朝鮮に「貢いだ」左派政権に反感が広がっていた。
 盧は選挙遊説中に北をめぐって批判してくる他の候補に「ならば戦争をするつもりなのか」と強く反論して論点をうまくすりかえた。
 韓国では全羅道を中心とする湖南地域の票だけでも、慶尚道を中心とする嶺南地域の票だけでも大統領にはなれない。忠清道の票をだれが取るかが肝心だ。 02年の選挙では、嶺南地域の支持を得ている野党ハンナラ党候補の李会昌、忠清道が支持する与党系の李仁済が出馬したが、過剰な自信に陥っていたハンナラ党は忠清道出身の李仁済を積極的に抱き込もうとしなかった。
 この選挙を取材したソウル放送のオム・グァンソク記者は「李候補がもう少し李仁済を取り込んでいたら結果は違っていたのに」と話した。
=敬称略
(龍谷大学教授 李相哲)


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