米豪軍の日本兵に対する残虐行為(リンドバーグの衝撃証言から)

米豪軍の日本兵に対する残虐行為
リンドバーグの衝撃証言から

米兵の日本兵に対する非人道的扱いを告発した資料は少ない。何故かと言えば戦後GHQが情報統制をし、占領軍に不利になる記事は公開させなかったのである。

例えば米兵の犯罪行為を記事にした新聞は発行停止にし、ラジオ放送も統制した。また「真相箱」と言う番組で「悪しき国日本、日本軍は残虐」であるを基本に国民を洗脳し、徹底して占領軍の不利になる話を握りつぶしたのである。

しかしここに現在、絶版となっているチヤールズ・A・リンドバーグ著の『リンドバーグ第二次大戦日記(下)』(新潮社、1974年)がある。

 チャールズ・A・リンドバーグ(1902~74年)
アメリカの飛行家。1927年5月、二ューヨーク~パリ間を愛機「セントルイスの魂」号で33時間30分かけて飛び、世界初の大西洋横断単独無着陸飛行に成功した。

日本の敗色が濃厚になった44(昭和19)年4月から9月までの南太平洋における日米戦について書かれた「戦時下の南太平洋にて」の章は、日本兵に対する米豪軍の目を覆うような残酷なやり方が赤裸々に記述されているので紹介する。

リンドバーグ第二次大戦日記・抜粋◇下巻「戦時下の南太平洋にて」(1944年4月~1944年9月)
から

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*6月21日水曜日

 日本兵士殺害に関する将軍の話一 数週間前のことだが、最前線のさる技術科軍曹が、もう2年以上も太平洋地域で、戦闘部隊と行を共にしながら、ついぞ実戦に参加した経験がなく、帰国する前にせめて一人だけでも日本兵を殺したいと不平を漏らした。

軍曹は敵の地域内に進入する偵察任務に誘われた。軍曹は撃つべき日本兵を見つけられなかったが、偵察隊は一人の日本兵を捕虜にした。…「しかし、俺はこいつを殺せないよ!やつは捕虜なんだ。無抵抗だ」「ちえっ、戦争だぜ。野郎の殺し方を教えてやらあ」偵察隊の一人が日本兵に煙草と火を与えた。煙草を吸い始めた途端に、日本兵の頭部に腕が巻き付き、喉元が「一方の耳元から片方の耳元まで切り裂かれた」のだった。

*6月26日月曜日
 8時38分、第三滑走路からP38で離陸し、ニューギニアの密林を越えてボランデイアヘという直線コースの針路をとる。天気良好。小屋の壁の一つに、絹地の日本国旗が三枚かかげてあった。日本軍兵士の死体から取ったものだという。その一枚は記念品(スーベニア)として10ポンド(33ドル)の値打があると、ある将校は説明した。日本軍将校の軍刀を所持する男は250ポンドなら譲ってもよいと言った。

●談たまたま捕虜のこと、
日本軍将兵の捕虜が少ないという点に及ぶ。「捕虜にしたければいくらでも捕虜にすることが出来る」と、将校の一人が答えた。「ところが、わが方の連中は捕虜をとりたがらないのだ」

「*****では2千人ぐらい捕虜にした。しかし、本部に引き立てられたのはたった100か200だった。

残りの連中にはちょっとした出来事があった。
もし戦友が飛行場に連れて行かれ、機関銃の乱射を受けたと聞いたら、投降を奨励することにはならんだろう」「あるいは両手を挙げて出て来たのに撃ち殺されたのではね」と、別の将校が調子を合わせる

*六月二十八日水曜日
 第475飛行連隊の将校連と夕食、夜を共に過す。話題は今夜もまた、戦争や捕虜、記念品のことに及ぶ。わが将兵の態度に深い衝撃を覚えた。敵兵の死や勇気に対しても、また一般的な人間生活の品位に対しても、敬意を払うという心を持ち合わせておらぬ。…略奪したり、ある議論の最中に私は意見を述べた。

日本兵が何をしでかそうと、われわれがもし拷問を以て彼を死に至らしめれば、われわれは得るところが何一つ無いし、また文明の代表者と主張することさえ出来ないと。「ま、なかには奴らの歯をもぎとる兵もいますよ。しかし、大抵はまず奴らを殺してからそれをやっていますね」と、将校の一人が言い訳がましく言った。

*7月24日月曜日
 …十分後、ビアク島のモクメル飛行場に着陸。…午後、クロード・スタップス少佐ら数人の将校とジープでモクメル西方の洞窟へ出掛けてみる。日本軍が最も頑強に堅守した拠点の一つだ。丘の斜面を降りて行くと、峠に差し掛る。そこには一人の日本軍将校と、10人か12人の日本軍兵士の死体が、切り刻まれた人体だけが見せるような身の毛もよだつ姿勢で四肢を伸ばしたまま、横たわっていた。

…頭蓋骨を覆う僅かな肉片だけが残っている。ある場所では一個の遺体に二つの首が並んでいるかと思えば、他の場所では遺体に首が無かった。

なかには四肢がバラバラになり、身体のかけらしか残っておらぬ死体もあった。そして同行の将校が言ったように、「歩兵はお得意の商売にとりかかったようだ」。つまり、戦利品として金歯を悉くもぎとったというのである。

洞窟群へたどり着くまでには山道を横切り、もう一つの丘を登らねばならぬ。山道の片側にある爆弾で出来た穴の縁を通り過ぎる。穴の底には5入か6入の日本兵の死体が横たわり、わが軍がその上から放り込んだトラック一台分の残飯や廃物で半ば埋もれていた。同胞が今日ほど恥ずかしかったことはない。

敵を殺す、これを理解できる。戦争の欠くべからざる要素だ。敵を殺戮する最も効果的ないかなる方法も正当化されるだろう。しかし、わが同朋が拷問によって敵を殺害し、敵の遺体を爆弾で出来た穴に投げ込んだ上、残飯や廃物を放り込むところまで堕落するとは実に胸糞が悪くなる。

*8月6日日曜日
 明りのいくらか貧弱なテント内で空箱や簡易ベッドの端に腰掛けたまま、日本人捕虜の問題を語し合った。私は自分の考えを述べた原文は、だが誤植だと思われるので。

でもよい相手を捕虜に出来るいつ如何なる時でも投降を受け容れないのは間違いだ、投降を受け入れればわれわれの進撃は一段と速くなり、多くのアメリカ人の生命が救われるであろう。
とにかく投降した場合は必ず殺されると考えるようになれば、彼らは当然踏みとどまり、最後の一兵まで戦い抜くだろう-そして機会があるごとに捕虜にしたアメリカ軍将校を殺すであろう、と。

大多数の将校は私の意見に同意したが(さほど熱烈に同意したわけではないが)、しかし、わが方の歩兵部隊はそのように考えてはおらぬようだと言った。「たとえば第42連隊だ。連中は捕虜を取らないことにしている。兵どもはそれを自慢にしているのだ」

「将校連は尋問するために捕虜を欲しがる。ところが、捕虜1名に付きシドニーヘ2週間の休暇を与えるというお触れを出さない限り、捕虜が一人も手に入らない。お触れが出た途端に持て余すほどの捕虜が手に入るのだ」「しかし、いざ休暇の懸賞を取り消すと、捕虜は一人も入って来なくなる。兵どもはただ、一人もつかまらなかったよとうそぶくだけなんだ」

戦後GHQの統制で占領軍に不利な記事は全て封印してきたことが米軍の占領政策を成功に導いている。
しかし日本人は戦争の真実を知らなければならない。
欧米の人種差別がいかにひどかったか。
そして日本人捕虜を犬畜生のごとく扱った事実を知らなければならない
そこから人間の本質が見えてくる。
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