汚名への反論 No4 愈安婦強制連行絶対に無し

 愈安婦強制連行絶対に無し
山東省・・略奪と強姦ぱ厳禁
  元独立混成第五旅団 森島隆(前橋市 81歳)
   昭和史研究所會報 第40号 平成12年8月10日号

◆山東省で強姦は不可能
 私は、昭和十五年一月、北支派遣桐第四二七四部隊大島部隊村上隊(独立混成第五旅団司令部 青島第十八大隊大隊本部高密第二中隊中隊本部丈嶺、その後膠県)に現役兵として入隊し、高密において初年兵の教育をうけ、ひき続き青島の通信隊で無線通信と暗号の教育を習得して、十五年九月原隊に復帰した。
 独立混成第五旅団(独混五旅)は、山東省東部地区の治安維持と、膠済線(青島~済南)の警備が主な任務であった。従って、討伐で人民に被害を与えることは、それほど多くはなかった筈である。別紙(省略)のように、一年間の平均討伐出動回数は七・三回八十九日間である。この記録は陸軍中尉(大隊副官)から終戦時には大隊長であった
方の記録であり、一般の兵の出動回数はもっと少なくて年に十日から三十日程度であった。
 治安維持と宣撫工作が主任務であり、討伐に出動しても、略奪と強姦は固く禁じられていた。当時の住民は疲弊のどん底にあり、略奪する物もなかった。それでも軍隊に宿泊された民家は、大きな痛手を蒙るが、もともと山東省の住民は、満洲に出稼ぎに行く人が多くて、最大の被害は、燃料を燃やされることと、卵や鶏を略奪されることであった。
 婦女子が凌辱を受けると言うが、日本軍が部落に入る前にはすでに遠くに逃れてしまい、部落に残っているのは老人と子供ばかりである。私は、兵隊が女を強姦したという話は聞いたことがない。強姦することが出来たとしても、衆人の目の前でやるわけにもいかないし、家のなかでは最中に後ろから攻撃されて、名誉の戦死では、とても強姦をするような雰囲気ではなかったのである。
 山東省は、共産八路軍の勢力範囲であり、独混五旅は、八路軍と対峙していた。八路軍の装備は弱小であり、日本軍が小部隊で行動している時以外は、戦闘を仕掛けて来ることはなかった。
 私か在隊した三年十一ヵ月間に、私か討伐に参加したのは約十回前後延べ六十日程度であり、その内、交戦回数は二回、戦死者は一回で三人であった。あとは全部敵影もなくただ単に行軍をしてきただけであった。私の同年兵で戦死したのは、たったの二人きりであった。
 「朝まで生テレビ」で、済南で婦女子を二、三十人強姦したという兵隊の手記を、真実だと信じきっている大学教授の画面が大きく写しだされたが、少なくとも、当時山東省に駐留していた兵士なら、こんなことは絶対に起こりえなかったことを、誰でも知っている。日本軍の駐留している地域で、師団司令部や旅団司令部の置かれている大都市、済南、青島などでは、在留邦人も多数おり、日本との交流で生計を立てていた中国人が、好むと好まざるとに拘らず、大多数いたのである。

◆拘束なかった慰安婦達
 兵隊は、日曜の昼間しか外出できないから、外出証とコンドームを渡されて、大部分の兵隊は慰安所に駆け込んで排泄(まさに排泄である)を済ませ、兵営に帰るのである。民間の婦女子を強姦できるような環境では全くないのである。
 大都市、小都市(日本でいえば、県庁所在地以上程度)には兵隊はあまり金を持っていないので、軍人専用の慰安所を利用する。慰安婦は中国人(主として兵士)、朝鮮人(主として下士官)、日本人(主として将校)かおり、性病予防のため、その地区の衛生兵が性病検査を実施していた。軍が関与していたとか、軍が連行したとか、慰安婦の自由が束縛されていたとかいうことは、少なくとも山東省では、絶対になかったのである。中国の民間人でも、中国の慰安婦と遊んでいた人達も大勢いたし、阿片窟も営業していたのである。
 県庁所在地以下の市や町に駐留する日本車兵士は、慰安所などないから、生活に困って、自宅で内緒に売春を働いている中国婦人を、斡旋人を通じて、一握りの兵隊が多少の危険を犯して、利用していたに過ぎなかったのである。
 第二中隊が駐留していた掖(エキ)県には、朝鮮人の慰安婦が一人いた。民家に寝泊まりして、兵隊相手に売春をしていたが、なんらの拘束も、不自由もなく快活に生活をしていた。
仲の良い兵隊もいたはずである。何時でも個人の自由で帰国できた筈であるが、当時朝鮮に帰っても生活できなかっただろうから、慰安婦をしてたに過ぎない。 三光作戦などという作戦は、当時日本軍人の誰もが知りもしないし、聞いたこともない。
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