汚名への反論 No3 朝鮮の慰安所軍の強制絶対なし

朝鮮の慰安所軍の強制絶対なし
    元羅南憲兵隊曹長 中島賓
          (東京・80歳)
正論1月増大号 平成27年1月

◆軍都・羅南の遊郭街
 私か勤務して居た羅南の町は第十九師団司令部の所在地であると共に、咸鏡北道庁の所在地でもあったから、文字通りの軍都であると共に行政の中心地でもあった。
 羅南には、第十九師団司令部、第三十八旅団司令部、歩兵第七十三聯隊、歩兵第七十六聯隊、騎兵第二十七聯隊、砲兵第二十五連隊、兵姑司令部、師団弾薬庫、陸軍病院、偕行社、師団軍法会議、羅南憲兵隊本部等が在り、国境の会寧に歩兵第七十五聯隊、鏡城に輔重第十二聯隊、咸興に歩兵第七十四聯隊、平壌に歩兵第七十七聯隊、羅津に海軍要塞司令部、会文に海軍通信隊、羅南陸軍通信隊等が在って、文字通り軍都として中心的な重要拠点であった。従って羅南在住の将兵の数は戦時編成の壱万人余りの軍人軍属が常駐して居たので、若い将兵の脹り切った性欲の捌け場としての遊廓は必要不可欠の存在であったから、三笠山の麓に日本人経営の山水楼、富貴楼、三七十楼、高尚楼、約四mの通路を距てた南側に冨士見楼、光明楼、三冊楼、阿佐加楼の外一軒と、少し坂を
登った所に朝鮮人遊廓四楼と検疫所があった。
 正確には”三輪の里遊廓街”と言って居たが、三笠山の麓にあるので皆が通称”山‘と呼んで居た。勿論当時は公娼制度があって、性犯罪の防止の必要悪として世界の各国が。公娼制度々を認めて居たから、当時特別に日本だけが従軍慰安所を設けて居た訳ではない。世界的にも立派な商行為と認められて居たのである。
 公娼制度の認可権限は各道府県知事に在ったのであって、軍が強制的に慰安婦を募集したり、売春を強要した事は絶対に有り得ないのである。

◆家庭の貧困救うため
 然し前述した通り、羅南の町には一万人に余る若い将兵が住んで居たから、僅か二百名足らずの娼婦が性犯罪防止の為の防波堤の役目を果して居たのであるが、彼女等は貧困な家庭を救う為に嫌々乍ら自分を犠牲にした人が多かったのであるが、諦観し切った彼女等には「自分の一身を投げ打って一家の危急を救った」と言う認識の方が強かったから、比較的に楽観的で明るい性格の人が多かった。然し僅か二百名足らずの彼女等は不特定多数の兵士の相手をしなければならなかったから、日曜祭日の日等は、狭い道路一杯を埋めて「まだか」「まだか」と押し寄せる兵士を次々に慰安しなければならなか
ったから、一日に”二十人゛”三十人”の兵士を相手にする女の子が多かった。当時兵士一人二円位いの稼ぎであったから、一日に五、六十円稼ぐ女の人も決して珍しくなかったのである。私の給料が其の頃外勤手当てを含めて約六十円余りであったから、如何に彼女等が荒稼ぎして居たかが思い遣られるのである。然し其の大半は前借金との名目で楼主の収入となったので、彼女等は一生借金から抜けられない‘と言う不遇な環境に甘んじなければならなかったのである。然しそれは棲主と娼婦個人との商的な取り引きであったから軍隊が強制的に出来る道理は無いのである。

◆憲兵は命令せず
 但し、性病感染の恐れは十二分に多かったので、日曜祭日の練休日の前の日、娼婦の全員を軍医が検査する必要があったから、憲兵が立ち合いの下に検疫所で身体検査する事だけは絶対に必要であった。勿論此の検査には楼主も立ち合い、憲兵が軍医の診断結果に基づいて「君は明日休みなさい」とか「明日は絶対にコンドームを使用する様に」とか指示する事はあったが、それは飽く迄も性病の感染を予防するのが目的であったのである。又私共は一般サラリーマンと変らぬ服装で棲主の許可の下に遊廓内に入り、兵士の喧嘩や、暴行、傷害等の防止に努めたのであつて、決して慰安婦等に対して命令
や指示した事は一度も無かった。
 此の様に憲兵や軍医が遊廓の検疫や、就業の指示をしたのは性病予防の為の勧告であり、決して強制力を行使したのではないのである。

◆強制連行絶対になし
 茲(ここ)で”朝鮮人慰安婦強制使用”と言う軍部批判について私の見聞した実情に即して述べてみたいと思う。 所謂南方前線に於ける売春の実情に就いてはいざ知らず、少くとも朝鮮の慰安婦の強制連行と言う事件は、朝鮮半島内に於いては絶無であったと断言出来る。
 悪どいブローカーの手に因って巧みに欺まされて南方に連れ去られた慰安婦が居たとしても、それは決して軍が強制連行したものでは無いと思う。恐らく「南方に行けば一遍に高い金が稼げるから」との旨い話に釣られた浅墓な慰安婦が、戦後急に「軍が強制連行した」と豹変した偽りの告白を鵜呑みにしたデッチ上げではないかと思う。
 私の知る限りでは朝鮮人経営の遊廓は四軒あったが、日本兵は矢張り日本女性を好んだから、あれ程犇(ひしめき)きあった遊廓の中にあっても余程日本の遊女に焦れ無い限り、進んで朝鮮人の廓樓に足を踏み入れる日本人は少なく、又その接客振りも矢張りシックリしないと悪評であったから、日本人の樓廓が余程混雑して居ない限り朝鮮人の店は閑古鳥が鳴いて居るのが実情であった。
 又朝鮮には「酒場(スワチビ)」と言う店があって其處で無許可の売春行為が行なわれて居たから、態々高い金を払ってまで、遊廓を訪れる朝鮮人は数少かったのである。
 朝鮮人は押しなべて事大主義的な面が強いため信じられない様な嘘を平気で言う傾向が強かったので、日本軍強制連行の話も「百%眉唾物語ではないのか」と疑い度くなるのである。朝鮮人の家庭では未婚の娘を猫っ可愛がりにして、上流の家庭では娘の一人歩きを絶対に許さなかった。
 それに反比例して「朝鮮の娘は一旦男を知るとダラシが無い」と言うのが″通り相場々になって居る程であったから、軍の強制連行説についても頭から信じる訳には行かないのである。
 此の様な事から考えると南方の慰安婦問題も「嘘から出た実」の様な話しではないかと疑い度くなるのである。
 何はともあれ私の体験や見聞した実情に照しても少くとも朝鮮半島内に於いては絶対に「慰安婦の強制」を強いる行為は無かったと断言して憚らない。

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