朴槿恵」大統領の父は「米軍慰安婦」管理者だった!

朴槿恵」大統領の父は「米軍慰安婦」管理者だった!
[大新聞が報じない「韓国」の馬脚]〈週刊新潮〉

【相手には口を極めて罪を問い、自らの罪には目を瞑(つむ)る。これこそ、韓国の朴槿恵(パククネ)大統領(61)の政治姿勢である。実は大新聞は報じないものの、彼女の父親が“米軍慰安婦”を管理していたという驚嘆の事実が露見したのだ。なのになぜ、日本に歴史認識を問えるのか。】

 ことあるごとに、韓国の朴槿恵大統領は、世界各国の指導者に対して、“慰安婦問題”を持ち出し、日本の不行状をアピールしてきた。

 今年5月、就任後初の訪米では、わざわざオバマ大統領に「日本は正しい歴史認識を持つべき」と訴え、さらに中国の習近平国家主席には共同声明に日本批判の文言を盛り込むことを提案し、11月にはファンロンパイEU大統領に、「日本には後ろ向きの政治家がいる」と反日感情を露にした。

 史実に基づかない真っ赤なウソだらけの主張を唱えながら、わが国をここぞとばかりに辱(はずかし)めてきたわけだが、実は、朴大統領にとって、天に唾する行為ではなかったか。
 それは、韓国の国会の場で白日の下に晒された。
 11月6日に開かれた国会の女性家族委員会で、野党・民主党の兪承希(ユスンヒ)という女性議員が質疑に立ち、
「“米軍慰安婦”という言葉、聞いたことがありますか?」
 女性家族部の趙允旋(チョユンソン)長官にそう切り出すと、
「ここに、“基地村”の性売買が合法的なレベルを超え、非常に組織的に国家が主導したという証言と証拠があります」
 と述べ、その場で国家記録院から取り寄せたという文書を公開したのである。
「それには、“基地村浄化対策”というタイトルが付けられていました」
 と解説するのは、ソウル特派員だ。

「韓国でも、日本で言うところの売春防止法である“淪落行為等防止法”で性売買は禁止されていた。ところが、米軍相手の売春婦の場合、政府にお墨付きを与えられたのです。1977年作成のその文書には、全国62カ所の“基地村”に9935人の売春婦が生活していたと記され、彼女たちの性病対策や専用アパートの建設など周辺整備の方針が示されていた。なにより問題なのは、文書に署名しているのが朴大統領の父親、朴正煕(パクチョンヒ)元大統領だったことです」

 16年もの長きにわたって独裁政権を率いた元大統領であり、なおかつ、現職大統領の父親は売春宿の親玉とでも言うべき存在だったのだ。しかし、韓国では、兪議員が公開した文書については、ほとんど報じられていない。なぜなのか。

「こちらでは、左派系の『ハンギョレ新聞』や『京郷新聞』がわずかに触れた程度。日本の首相は元慰安婦に土下座すべきとまで書き立てる最大手の『朝鮮日報』などは、日本という敵に塩を送ることになりかねないからか、一切記事にしていない。一方、政治の世界では、反日に関して与野党一枚岩。ただ、兪議員の所属する民主党には人権活動家やフェミニストが少なくないので、女性の人権問題として捉え、あえてこれを取り上げたのです」(同)

 ともあれ、あらためて韓国の慰安婦の歴史を繙(ひもと)くと、わが国を批判する資格があるのかと首を傾げざるを得なくなる。

 そもそも、“米軍慰安婦”の前には、朝鮮戦争時、“韓国軍慰安婦”が存在していた。それは、02年、立命館大学の国際シンポジウムで、韓国の金貴玉(キムギオク)慶南大客員教授(当時)によって初めて明らかにされた。韓国陸軍本部が56年に編纂した『後方戦史(人事篇)』のなかに、“特殊慰安隊”と呼ばれた軍慰安所の存在を裏付ける記述を見つけたのだ。

 その後、金教授は『軍隊と性暴力』に収録された論文において、
〈設置時期は不明確だが、一九五一年夏ごろに戦線が現在の休戦ライン付近で膠着状態に入ってからと思われる。閉鎖されたのは一九五四年三月である。(略)陸軍本部はまる四年近く軍「慰安所」を運営したのだ〉とし、
〈(『後方戦史』の)実績統計表によれば、一人の「慰安婦」が一日に六回以上「慰安」を強要されていたことがわかる。また、「出動慰安」の場合、一日二〇~三〇回の「慰安」を強要されたものと考えられる。(略)前線での「慰安部隊」の利用はチケット制であった。しかし誰にでもチケットが配られたわけではない。戦場で勇敢に戦い、功を挙げた順番に配られる〉

 要するに軍直轄の慰安所だったのだが、前線に慰安婦を送るときには1人ずつドラム缶に押し込み、“補給品”名目でトラックに積んでいたという。

■“みなさんは愛国者”
 もとより韓国政府や朝日新聞などは“日本軍慰安婦”の強制連行を騒ぎ立てているものの、未だにその証拠はなんら見つかっていない。翻って、“韓国軍慰安婦”の場合はどうだったのか。
 聞き取り調査の結果として、金教授は、
〈十代後半の未婚女性で、一九五一年春まで咸鏡(ハムギョン)南道永興(ヨンフン)郡に住んでいた。ある日、韓国軍情報機関員、いわゆる北派工作員たちにより拉致され、一日で韓国軍の軍「慰安婦」へと転落した。(略)また、強姦の結果、「慰安婦」とならざるを得なくなったケースもある。(略)韓国軍「慰安婦」制度はあくまで軍による性奴隷制度であり、女性自身は性奴隷であったといえる〉と明らかにしている。

 すなわち、口を極めて日本を批判しながら、当の韓国が強制連行という罪を犯していたのだ。にもかかわらず、韓国国内ではこれらの事実はほぼ黙殺され、『後方戦史』は現在、閲覧不可の状態になっているという。
おまけに、韓国の官営セックスビジネスは、それで終わらなかった。

 朝鮮戦争が53年に休戦になると、駐留米軍の基地周辺に、“基地村”が形成され、政府公認の売春婦が集められたのである。
韓国問題に詳しいジャーナリストによれば、
「米軍政下の47年、韓国では公娼制度が廃止されました。とはいっても、基地村は実質的に公娼の復活だった。米軍相手の売春婦はUN慰安婦、洋マダム、洋公主(ヤンコンジュ)などと呼ばれ、韓国政府は彼女たちを登録制にし、強制的に性病検査を受けさせていたのです」

 そして、“基地村”が本格化するのは、軍事クーデターによって朴正煕政権が樹立されてからだという。
「淪落行為等防止法を61年に制定する一方、特定地域のみ売春行為を容認し、104カ所の“赤線地帯”を設定しました。そのほとんどが、ソウルや北朝鮮国境に隣接する京畿道の基地村でした。韓国政府からすれば、北朝鮮に対峙するうえで駐韓米軍は最大の後ろ盾であり、おまけに外貨獲得のための必要不可欠な存在だった。それゆえ、売春婦を“みなさんは愛国者です”などとおだて上げ、積極的に活用しました」(同)

 当時、米軍慰安婦は2万人を数え、稼ぎ出す外貨は年間1000万ドル(現在の価値に換算すると150億円相当)にのぼった。
「70年代に入ると、米軍側は、韓国政府に対して、基地村の環境改善を強硬に要求するようになった。それに伴い、朴正煕大統領は『基地村浄化委員会』を立ち上げました。浄化とは、主に性病対策のことで、女性たちの徹底検査に乗り出した。国会で兪議員が公開したのは、その一環として朴正煕大統領が署名した文書だったのです」(同)

■ダブルスタンダード
 国家の安全保障上、あるいは財政上も重要な役割を担っていたとされる米軍慰安婦は、どのような生活を送っていたのか。
 64年、22歳のときにその世界に足を踏み入れ、米軍慰安婦として25年間を過ごした金蓮子(キムヨンジャ)さんは、『基地村の女たち』という手記でこう綴っている。

〈基地村のホールで働く女たちは、みな政府が発行する検診証がないと営業できなかった。毎週一回ずつ、性病検査を依託された産婦人科医に行って検診を受けた。(略)その時は知るはずもなかった。「大韓民国は淪落[売春]行為が法で禁止されている国」だということを。数年後にその事実を知ってとても驚いたものだ〉
 彼女たちは性病に罹っていると判定されると、モンキーハウスと名付けられた施設に収容された。
〈女たちは誰もがモンキーハウスでの生活を恐れた。ベッド、毛布、薬品、医者……、すべてが米製の収容所で、犯罪者扱いされながら、毎日米軍たちに股を開き、きれいな女かそうでないかを検査されるのは屈辱的なことだった〉
 また、なによりも頭を悩ませたのは妊娠と堕胎だという。
〈病院に行くとお金がたくさんかかり、それがすべて自分の借金になるので、病院に行かず薬を飲んだ。生理不順に効く薬をたくさん飲むと子どもが下りるという噂があり、女たちはやたらとその薬を求めた。(略)薬を飲むと一晩中激しい腹痛に襲われる。冷や汗が出て、鋭い刃が休みなく下腹部をえぐるように痛かった。(略)どれほど血が出たかわからない。何日か血を下し続けると、こぶしのような塊が出てきた。(略)その後、私は気を失ってしまった〉
 大勢の女性たちが悲惨な生活を余儀なくされた基地村は96年に公的管理ではなくなったものの、今なお存在している。

 戦後、米軍占領下の日本でも、一般女性への性的被害を食い止める防波堤として、政府の管理・監督する『特殊慰安施設協会』(RAA)が立ち上げられた。しかし、ルーズベルト元大統領夫人の反対や性病の蔓延を理由に、わずか数カ月で廃止。それ以降、外国の軍人に、日本は国策として女性を差し出すようなマネはしていない。実際のところ、韓国の方こそ、看過できない慰安婦問題を抱えているのではないのか。

 国際政治学者の中西輝政京都大学名誉教授は、
「朴槿恵大統領は、自分の父親が慰安所の管理者だった事実をひた隠しにしながら、執拗に日本叩きを繰り返した。偽善としか言いようのないダブルスタンダードな政治姿勢を、日本政府は公の場で追及すべきです」

 日本的な悪しき態度であるだんまりが、国際社会での地位低下を招いているのは間違いない。
 さらに、何かにつけて朴槿恵大統領が口にする“正しい歴史認識”という言葉に対し、疑問を呈するのは哲学者の適菜収氏だ。

「歴史の持つ性質を真に理解していれば軽々しくそんな言葉を言えないはずです。常に、歴史とは社会的状況や時代から逃れられない存在。なので、一方的に歴史認識を押し付けるのは、あまりに浅薄です。ましてや、歴史学の門外漢である政治家ならば、なおさら謙虚かつ慎重な判断に基づき、歴史を語らねばなりません」

 安易に歴史認識を振りかざして相手を非難すれば、いずれ歴史に復讐されることになるのだ。

※「週刊新潮」2013年11月28日号
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