◎中国軍には相互主義で対応せよ

◎中国軍には相互主義で対応せよ
 金沢工業大学虎ノ門大学院教授 伊藤 俊幸

 1月11日、日本政府は「宮古島や尖閣諸島周辺の接続水域を全没潜水艦と中国フリゲート艦が通過」と発表した。「日中関係改善に冷や水」といっせいに報道されることになった。

 ▲「測深航法訓練」を実施か 
 接続水域とは「領海の外縁にあり、基線から24カイリの範囲で沿岸国が設定する水域」で、通関・財政・出入国管理・衛生について、沿岸国が権利を主張する海域である。国際空港で、着陸後入国手続きを済ませるまでのエリア、と考えれば分かりやすいだろう。
 空港と違うのは、あくまで領海12カイリ(約22km)の外側にある「国際水域」だということだ。つまり外国船舶は、軍艦か商船かにかかわらず「航行は自由」だ。通過するだけなら沿岸国への通告も許可も必要なく、外国海軍の潜水艦も全没状態での通航が許される。
 今回の中国潜水艦の行動は、元潜水艦艦長だった筆者からみると、典型的な「測深航法訓練」にみえる。太平洋から第一列島線を越え、東シナ海を北上するため、宮古島東側の接続水域をかすめてそのまま左に変針し尖閣諸島大正島北東の接続水域に入った。
 例えば2つの島の裾野の等高線を利用し、その接線が交差するように航路を設定し、航海中は海底深度を測りながら運航する。マストで衛星利用測位システム(GPS)などの電波信号を受信しなくても、全没のまま海中を進むことができる。今回はその訓練をしていたのだろう。

 ▲「航行の自由」に挑戦する国家 
 よく混同されるのが無害通航権である。今回も「接続水域は無害通航」という人がいたが、間違いだ。この権利は領海の通過においてのみ用いられる。領海とは陸地側の基線から沖合12カイリまでの海域で、沿岸国の主権の全てが及ぶ。その一方で、軍艦を含む外国の船舶は「沿岸国の平和、秩序または安全を害さない」限り、「無害」とされ領海内を通航できる。このように一定の条件があるものの、領海であっても「航行の自由」が確保されているのである。
 ところが中国は、1992年の領海法において、軍艦の無害通航権を否定し、違反行為に対しては軍が追跡できる権限を付与した(ちなみにこの領海法こそ台湾、尖閣諸島、南シナ海の島々を領土と規定した法律だ)。外国の軍艦に対しては、領海内通航について「事前許可」を義務付けている。
 さらに、「接続水域」も含めた沿岸国から200カイリの排他的経済水域や大陸棚を「海洋国土」と称し、「国家が管理すべき領域」と捉え、「外国軍艦が立ち入る際には届け出よ」と、事前通告制度を主張している。
 今回のケースでも「海自艦艇2隻が接続水域に入ったから追跡・監視した」と述べている。海自艦艇は「国際水域」を活動中の中国艦艇を監視していたのであって、接続水域入域を理由として、外国軍艦の行動を制限しようとする国は中国だけである。自由主義陣営とは異なったこの国連海洋法条約の理解が、「航行の自由」に挑戦する国家と捉えられるゆえんだ。
 2016年6月に中国フリゲート艦が尖閣諸島接続水域へ初入域して以来、中国情報収集艦の鹿児島県口永良部島西方の領海通過や、沖縄県北大東島北方の接続水域侵入、そして今回と、一連の中国の動きは、まるで日本に対し「航行の自由というが、領海や接続水域で外国軍艦にうろうろされるのは困るだろう」といわんばかりである。「航行の自由」に対する挑発、意趣返しをしているとみることができる。

▲武器を持った徘徊者に等しい
 抗議の仕方を誤ると、日本も「航行の自由」を認めない国になってしまう。今回の日本政府の抗議は、「新たな形での一方的な現状変更で、事態の重大なエスカレーションだ」としたが、接続水域での軍艦の法的な取り扱いには一切言及していない。付言するならば、尖閣諸島の接続水域での活動に対して抗議したのであって、宮古島での活動は言及していないともいえる。
 日本の国有化宣言以降、中国は、尖閣諸島周辺海域に中国海警局の政府公船「海警」を遊戈させ、時には領海侵入さえしている。これは「この家は自分のものだ」と主張する他人が、家の前の道を頻繁に徘徊し、時々庭に入ってくる状態だといえる。
 他人が公道を歩くことは違法ではないが、この徘徊者が武器を持って公道を歩きだし、いずれは武器を持つたまま庭に入ってくるかもしれないと考えると、今回の中国の潜水艦と艦艇の行動を黙って見過ごすことはできない。
 では、どうすればよいか。それは「相互主義」で対応することである。「相互主義」とは「2国間で相手国内で認められた権利を自国内でも認める」考え方だ。日本政府も中国に対しては、領海内では「事前許可」を、接続水域や排他的経済水域では「事前通告」を求めることである。もちろん中国以外の国に対しては何もする必要はない。今こそ中国には「相互主義」の適応を宣言すべきである。
                      (いとう としゆき)
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◎中国に運営権「植民地同然」スリランカのハンバントタ港

◎中国に運営権「植民地同然」スリランカのハンバントタ港中国の罠に嵌まったスリランカ
中国の罠に嵌まったスリランカ
中国の罠に嵌まったスリランカ
 融資→多額の債務→99年間貸与 産経新聞2018.1.18 付け

 中国の援助で建設されたスリランカ南部ハンバントタ港。中国からの多額の債務に追い詰められたスリランカが運営権を中国に差し出したいわく付きの港だ。一帯では解雇を懸念する労働者によるストライキが断続的に起きており、異様なまでの警戒態勢が敷かれている。港は地域に何をもたらしたのか。中国が進める現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」が生み出す摩擦の現場を歩いた。(ハンバントタ 森浩)

■商業港が一変、厳戒 
 「そこで何をしていた。お前は誰だ」
 高台から港の全景をカメラに収めて離れようとした際、警備員が近づいてきた。「ここは敏感なエリアだ。写真を撮ることは受け入れられない」と、強い口調で迫られ写真を削除せざるを得なかった。中国とスリランカが主張する「商業的な港」とはかけ離れた実態がうかがい知れた。
 5カ所ほどの出入り口があるが、どこにも警備員が立ち、目を光らせている。「かつて港は誰でも自由に入れたんだ。小さい頃はよく魚釣りをした。中国が来てから窮屈になった」と話すのはタクシー運転手のハトタさん(50)だ。海岸沿いに立ち並ぶ住居は空き家が目立ち、すべて港の拡大計画に伴って立ち退きを要求されたという。
 コロンボの南東250キロに位置するハンバントタはかつては漁村で、今でも野生の象やイグアナが生息する自然豊かな場所だ。港が建設されたのは2010年、親中派ラジャパクサ前政権下でのことだった。費用約13億ドル(約1440億円)の多くは中国からの融資。「当時は地元を潤してくれると思った」とハトタさんは振り返る。
 だが、スリランカ側に重くのしかかったのは中国側が設定した最高6・3%の金利だ。最終的には株式の70%を中国国有企業に99年間貸与せざるを得なくなった。リース料として11億2千万ドル(約1240億円)が支払われるが、事実上の“売却”といえる。
 「債務によるわなだ。植民地になったと同然だ」。野党系国会議員は憤りを隠さないが後の祭りだ。
■「99」に隠された意味 
 憤りを抱えているのは政治家だけではない。
 港の正門から200メートルほど手前の地点では、ストライキを起こしている港湾労働者が集会を開いていた。僧侶も参加し、シンハラ語で「職か?死か?」と書かれた横断幕を掲げ、シュプレヒコールを上げた。
 労働者側によると、中国側に運営権が移り、地元労働者が大量解雇される危険性が生じているという。スト参加者の一人は「解雇の計画があると聞いているが、政府や中国側からは満足のいく説明がない」と不安と憤りを口にした。
一方、港湾開発を主導したラジャパクサ前大統領の支持者からは中国側への株式貸与などで「国の財産が外国に移った」として、現シリセナ政権に抗議する活動も起きている。「確かに港が完成して、ある程度雇用は生まれた。それ以上に地域に混乱も生み出された」とは地元記者の言葉だ。
 正門前での騒動とは裏腹に、港の中は行き交う車両も見えず、静まりかえっていた。寄港する船は数日に1隻程度とされ、とても商業的に機能しているとは思えない状況だ。
 ようやく接触できた中国人技師の男性は、港の貸与年数「99」という数字の発音が、中国語の「久久」(長い期間)と同じだと話し、「将来にわたってハンバントタを管理するという中国政府の意思の表れだ」と解説した。地元の反発については「100年後にここが香港のような大都市になっているかもしれない。それなら地元も幸せなんじゃないか」と話した。

紅い侵入 一帯一路の陰で ◎カンボジア経済特区に積極援助

紅い侵入 一帯一路の陰で ㊦
◎カンボジア経済特区に積極援助
良港の街、拠点化に躍起

 人口増が続くカンボジアの首都プノンペン。市街地と郊外のベッドタウンはトンレサップ川に隔たれ、全長約700mの「チュルイ・チョンバー橋」が結ぶ。
通称は「日本友好橋」。日本が1960年代に完成させ、一度は内戦で破壊されたが94年に修復した。たもとには白本の援助を記す碑文も建つが喧噪に埋もれ、誰も見向きすらしない。
 その日本橋が昨年10月、約2年間の大規模改修のため閉鎖された。現在、市民が頼るのはすぐ横に架かる
「中国友好橋」だ。中国が2014年に完成させ、たもとには中国国旗が入った看板が輝く。
 日本橋と中国橋はともに2車線で、それぞれ下りと上りの専用道として運用されてきた。当面は中国橋が片側1車線の対面通行で、大動脈を一手に担う。
 カンボジア支援では日本が伝統的に存在感を示してきた。だが、援助額では中国が10年に日本を抜いて1位となり、影響力を増している。カンボジアヘの国別投資認可額の累計(1994~2016年、日本貿易振興機構資料)でも、中国が122億ドル(約1兆3600億円)と首位で日本はそ
の8分の1にすぎない。ある日本政府関係者は言う。
 「援助か商売か実態は不明だが、地方の水力発電や道路整備でも中国からの投資は圧倒している。金額やスピードで張り合える状況では、もはやない」
▲「第2のマカオ」
 先月、中国の習近平国家主席が北京でカンボジアのフン・セン首相と会談したときのことだ。中国は70億ドルの支援を発表し、カンボジアの取り込みを図った。
 今月10日には、中国の李克強首相がメコン川流域5力国との首脳会議のためプノンペンを訪れ、「カンボジアと開発戦略を深める用意がある」と秋波を送った。南西部シアヌークビル港経済特区に言及し、さらなる技術移転や観光開発を約束した。
 シアヌーク前国王にちなみ命名されたシアヌークビルは、1960年代に開発された行楽地。再開発が進み、中国は工場などに積極投資した。李氏は中国と前国王の歴史的な友好関係にも触れながら「中国から100社以上が参加し、2万人以上の雇用を創出した一と誇示する。
 ロイター通信によると、人口25万のうち中国人は数万人ともみられる。市内には中国語の表示があふれ、中国人向けホテルやカジノが建設され、・[第2のマカオ]との異名も。中国の援助で、プノンペンからの高速道路も計画されている。 中国がシアヌークビルにこだわる理由は、この地がカンボジア唯一の深水港を擁することにある。隣国ラオスからプノンペンを経由しタイ湾に抜ける要衝でもある。現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路一を推進するため、影響下に置いておきたい拠点なのだ。
▲ 進む″米国排除“ 
30年以上権力の座にある
フン・セン氏は、今年7月の総選挙を前に「今後も10年間は首相にとどまる」と豪語している。中国寄りの姿勢とともに独裁色を鮮明にし、昨年6月の地方選で躍進した野党カンボジア救国党を解散させるなど基盤固めに躍起だ。
 一部メディアや団体も閉鎖に追い込んだが、「狙われたものの多くは、米国と何らかのつながりがあった団体や個人だった」(英誌エコノミスト)という。米国は報復措置として、入国ビザ(査証)発給制限などカンボジアヘ制裁措置を連発。昨年11一月には、プノンペンの「カンボジア地雷対策センター」(CMAC)へ、年間200万ドルの支援打ち切りも通告した。
 米国の援助打ち切り通告から数日後の]11月中旬、フン・セン氏は中国側から地雷除去支援の申し出があったと発表した。米国が支援に後ろ向きな態度を見せれば、中国がすぐさま取って代わろうとするのだ。
 ただカンボジア内では、中国への傾斜に警戒も強まる。調整役として期待されるのが日本だ。そもそもCMACは内戦時代に埋設された地雷などの除去に当たる政府組織で、日本が1992年に初めて国連平和維持活動(PKO)として派遣した陸上自衛隊の活動を受け継いでいる。
 中国が圧倒的なヒトとカネでカンボジアヘ”浸入”すればするほど、フン・セン氏は強権化する。日本が民主主義のもとで「質」や「信用」を武器に「自由で開かれたインド太平洋戦略」をどう展開するのか。
その手腕が問われている。
      ◇
 この連載は、佐藤貴生、矢板明夫、森浩、吉村英輝が担当しました。

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紅い侵入 一帯一路の陰で ◎パキスタンの商業港に巨額投資

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◎パキスタンの商業港に巨額投資
中国マネー「風の門」一変
  
 パキスタン南西部グワダル港に着くと、アラビア海から強い南風が吹き付けてきた。グワダルが、地元バローチ語で「風の門」を意味するとされる理由だ。
 この地は日頃、周辺の不安定な治安状況などを理由に外国人の立ち入りが規制されている。昨年12月、当局の特別な許可を得て入る機会を得た。
 何世紀にもわたって小さな村にすぎなかうたその景観は、中国の巨額マネーで一変しようとしていた。習近平政権が推進する現代版シルクロード経済圏構想 二帯一路」の戦駱的要衝のひとつだからだ。
 「ここに隠しているものは何もない。すべてを見てほしい」。地元港湾局のドスタインージャマルディニ代表はこう説明した。
 穏やかな漁村や市場の風景が広がる中、港付近には高さ20長ほどの大きなクレーンがいくつも立ち並ぶ。
中国語の看板に「中巴友誼」(中国とパキスタン友好)との文字も見えた。

 中国は、西部の新禧ウイグル自治区カシュガルからグワダルに至る約3千kmに沿う地域を一帯一路のもとで「中国・パキスタン経済回廊」(CPEC)として開発支援し、中国からパキスタン全体に落ちるカネは、約600億ドル(6兆7千億円)といわれる。
 「この1年半で港の風景が急速に変わったのは、中国からの投資のおかけだ。CPECによって、われわれは電力危機からも解放された」とジャマルディニ氏は断言した。今後は診療所や職業訓練センターも設けられ、「地元は大いに発展していく」という。
 港側は”バラ色の未来”を強調する。ただし、今後の発展は未知数だ。整備対象となる海岸線51kmのうち、完成しているのは港のほんの一部の500mほどで、巨大クレーンも活発に稼働している様子は見受けられない。船の着岸も2週間に1度程度だという。
 何より目に入るのは配備された警備員だ。地元バルチスタン州で続発するイスラム過激派などによるテロ事件を反映してか、全員が銃を抱えて周囲を警戒する。港に出入りする船も海上警備艇がほとんどだ。現状は活気よりも、ものものしさが漂う。
 グワダル港側は一貫して「純粋に商業的な港一であることを強調している。
 「グワダルに安全確保名目で中国軍が展開する可能性がある」(インドのPTI通信)、「中国はジブチに続き、グワダル港近くに海軍基地を建設する計画だ」 (香港紙サウスチャイナ・モーニング・ポスト)…。こうした報道が相次いでいることを念頭に置いた発言だ。
 「ここに基地が造られるわけではない」。ジャマルディニ氏は語気を強めるが、既に2015年11月に中国国営企業が港中心部帝約40年間管理する権利を獲得しており、パキスタン側の説明通りに推移するかどうかは不透明だ。
「パキスタンは中国に占領されようとしている」。地元記者はこう嘆息した。

 グワダルの東に位置するパキスタン最大の商業都市カラチの環状鉄道も、中国の存在感を示している。かつては地元住民の足だったが、経営が悪化したため1999年に運行が停止。今や線路に近隣住民が不法に住み着いている。
 日本の国際協力機構(JICA)が10年の工期で再建させる計画があり、調査まで行っていた。だが、最終的には昨年10月に中国が事業費2075億パキスタンルピー(2225億円)の大半をCPECの一部として支払うことで合意した。
 「それについては、われわれは選択の余地はなかった。投資してくれるところが中国だったということだ」と地元シンド州のフサイン・シャー鉄道相は説明する。支援国が中国になった内幕は定かではないが、関係者は「シャリフ前政権時代に流れが変わった。
(JICAが関わることに)中国から相当な横やりが入ったようだ」と明かす。

?パキスタンを基点に中央アジアに伸長し、インド洋や中東、アフリカヘの海の玄関口を得たい中国。CPECは、カシミール地方のパキスタンとインドの紛争地域も縦走し、インドをいらだたせる。中印は、カシミール地方の別の地域や印北東部アルナチャルプラデシュ州の領有権を争ってい
る。対インドで蜜月にある中パの一層の連携は、核武装する3力国の危険な。火薬庫”に火種を与えている。
 地域で存在感を保ちたいインドは、グワダルに対抗するように昨年12月、イラン南東部チャバハルに5億ドル(約560億円)を投資して港を開いた。グワダルから距離にしてわずか100km。中央アジアヘの物流活性化を狙っており、CPECに対抗する意図が透けてみえる。
 日本も通関設備やコンテナ装置などで資金協力を行っており、周辺地域は安倍晋三首相が米印とともに推進する「自由で開かれたインド太平洋戦略」と中国が真正面からぶつかり合っている場所とも言える。
 パキスタンのある研究者は、苦しげにこう話した。「本音で言えば中国は信用できない。投資の先にあるのは支配かもしれない。それでもインフラが立ち遅れたこの国にカネを出してくれる。何かよく、どこに付くのが正解か誰にも分からない」

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紅い侵入 一帯一路の陰で ◎人民解放軍ジブチに拠点

紅い侵入 一帯一路の陰で
◎人民解放軍ジブチに拠点
「玄関口」の基地真意は

 国際海運の要衝、アフリカ東部ソマリア沖のアデン湾に面する小国ジブチ。港に向かうゲートから脇道に入ると間もなく、荒れ地の中に高さ 3mほどの壁と鉄条網が姿を現した。
「そろそろ戻ろう。これ以上は行かないほうがいい」。地元の労働者の姿が消えると、タクシー運転手が不安げに言った。
 灰色の壁に囲まれた広大な敷地のあちこちに監視塔が建つ。正門からは中国の国章が入った堅牢そうな建物が見える。一帯はひっそりと静まり返り、内部の雰囲気はうかがえない。
 昨年8月1日、ジブチ市街から西へ約10kmのこの場所で正式稼働した中国人民解放軍の基地だ。

 中国軍が外国に長期的な駐留拠点を設けたのは、1958年に北朝鮮から撤退して以来とされる。中国政府は基地建設の目的について、艦船などの停泊や物資供給のほか、国際軍事協力や緊急救助などを挙げる。
 中国軍系シンクタンクの研究員によれば「中国は2015年、8千人規模の平和維持部隊を発足させた。数年以内に3万人規模に拡大する構想がある。この基地はその拠点で、戦略的に大きな前進だ」という。
 アデン湾近海は日本関連商船も年間約2千隻航行。
日本にも航行の安全に関わる重要な航路だ。海賊対処活動を展開するため、日本もい11年からジブチ国際空港北西の敷地12鉛を借り上げ、自衛隊初の本格的な海一外拠点として運用している。
 中国も国際的な海賊対策に名を連ねる一員であり。
 現地の自衛隊幹部は「必要なら情報交換などを行うべき間柄だ」と語った。しかし、中国軍の基地建設をめぐっては、さまざまな臆測が飛び交っている。
 中国軍は昨年11月、ジブチで火力演習を実施した。
 対戦車装甲車両も加わり、砲弾も発射された。軍幹部は中国英字紙チャイナーデリーに「戦闘能力を確かめ、現地情勢への適応能力を高めることが目的だ」と述べ、軍備増強との見方を否定したが、自衛隊関係者は「基地建設の理由が中国のいう通りであればなぜ実弾を使った軍事演習が必要
なのか」と首をかしげた。
 アフリカで獲得した膨大な天然資源を中国に運び込むため、ジブチ周辺の航行の安全を確保するとの主張は一見理にかなっている。
 実は自衛隊の活動拠点に隣り合うように、米軍のレモニア基地がある。基地は米軍がアフリカに有する唯一の常駐施設。中国軍の基地とは車で30分の近さだ。
 欧米メディアは中国軍が盗聴やドローン(小型無人機)によって、米軍基地の様子を探ろうとしていると疑う。長期的には、スエズ運河に通じるこの海域一帯で軍事的影響力を強化するのではーとの観測もある。
 中国軍系シンクタンクの同研究員は「周辺地域に対する影響力も、国際社会での中国の発言権も大きくなる。イエメン、オマーン、ケニアでも基地の建設を準備している」と指摘した。
 そうした状況は、米国が日本、インドと「自由で開かれた海」を目指すインド太平洋戦略と相いれない。東アフリカと歴史的に結びつきの強いインドや米国と連携を強める日本にとっても、ゆゆしき事態となる。
      ◇
 ジブチは中国の習近平政権が掲げる現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」の欧州やアフリカヘの玄関口。】帯一路のルートに沿って、パキスタンやカンボジアなど、各地で水が入り込むように影響力を広げる中国の策略を探った。

◎要衝の小国 米中基地が近接
港湾、鉄道中国主導でインフラ整備
 ジブチはスエズ運河に至る紅海の南の入り口に位一置する。インド洋と地中海、いわばアジアと欧州の懸け橋であるアデン湾は、世界の船舶の3割が通過するといわれる要衝に当たる。
 ほかにアデン湾に面する国は、内戦が続くイエメンと、イスラム過激派が暗躍するソマリアだ。沈静化の傾向にあるものの、海賊の商船襲撃が続き、国内情勢が安定している国はジブチしかない。
 四国の1・3倍程度の小国に、米中が基地を置く理由の一つはここにある。

 ジブチ市街に近い米軍のレモニア基地には、海軍主導の4千人余りの人員が配置されている。米軍はここを拠点に、中東・アフリカのイスラム過激派に対して、ドローン(小型無人機)を活用して反テロ作戦を展開している。
 一方、中国軍の基地にも数千人が駐留するとみられている。基地に入ったことがある現地男性(29)によると、中の施設は9割がすでに完成している。残る1割の建設にジブチ人が従事しているという。
 「軍服姿の中国の軍人が多数活動している。基地の外周に車が止まったら、30秒もしないうちに警備担当者が数人飛んでくる」。厳しい警戒態勢は、地元の人々も近づくことをためらうほどだ。
 中国の「一帯一路」と、その対抗軸として日米印が連携する「インド太平洋戦略」が交錯するジブチ。至近距離に出現した中国軍の基地について、米紙ニューヨークタイムズは「ライバルのアメリカンフットボールチームが隣り合う練習場を使うようなものだ」と懸念する専門家の談話を紹介している。

 ジブチの国内総生産(GDP)は2015年で約17億ドル(約1900億円)と推定されている。欧米メディアによると、中国はジブチの経済改革のため、実に10億ドル以上を貸与する方針を示している。
 1人当たりの国民所得は推定約1800ドル(約20万円)にとどまる。市街を離れれば、荒れ地の上にトタンやシートで造られた粗末な家が並んでいる通りもある。
 中国はこの国でエネルギー開発などを手がけるほか、基地に隣接するドラレ港の開発にも関わっている。街中では「中国鉄建」 「中国土木」などの中国企業のロゴがいくつも目に留まる。
 「中国人はここにたくさん住んでいる」。中国雑貨の店や中華料理店が入った低層ビルの前に通りかかると、タクシー運転手が指さした。
 中国は経済支援でインフラ整備などを進め、雇用を創出していると主張する。
ただ、その恩恵を受けるのはジブチの人々ではない。送り込まれた中国人が仕事も奪ってしまう。アフリカにおける「中国式外交術」は、ジブチでも踏襲されている。

 ジブチと隣国エチオピアの間では昨年、中国主導で鉄道が建設された。内陸国のエチオピアの総貿易量の大半がジブチ経由とされる。
 将来、この鉄道をセネガルまで延長し、アフリカ大陸の東西を結ぶ「大動脈」にする計画もささやかれている。
 「中国が造った道路も建物も完璧だ」
 「中国が来たおかけで経済がよくなる」
 ジブチ市街で話した大学生たちは一様に、中国を歓迎し、警戒感はみじんも感じられない。
 中国軍基地の土地賃借料は年間2千万ドル(約22億円)という。数年前に跳ね上がった米軍の賃借料の6300万ドル(約70億円)の3分の1以下に抑えられている。
 こうした優遇ぶりからは、ジブチ政府もまた、隠された思惑に気付かず、中国の”浸入”を許していることがうかがえる。

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「フィリピン慰安婦像」現地ルポ 日本側に動き察知されぬようステルス化する中華系団体

「フィリピン慰安婦像」現地ルポ 日本側に動き察知されぬようステルス化する中華系団体 大統領府も「寝耳に水」
【歴史戦】2017.12.16

 フィリピンのマニラ湾に臨む約3キロの遊歩道には、元大統領や人気俳優らの銅像が立ち、市民に親しまれている。そこに唯一、実在した人物ではない像が加わった。中華系団体が、フィリピンの人権団体を巻き込みひそかに準備を進め、マニラ市や政府機関の“お墨付き”を得て、8日に除幕した「慰安婦像」だ。設置までの工作には、日本側に事前に動きを察知されないようにする手法の“ステルス化”が浮かび上がる。(マニラ 吉村英輝)

◆責任のなすり付け合い
 台座正面の碑文には「日本占領下の1942~45年に虐待を受けたフィリピン人女性犠牲者の記憶」などとある。タガログ語で書かれ表現は穏当だ。「慰安婦」の言葉もない。政府機関であるフィリピン国家歴史委員会が作成した。
 ある委員は、慰安婦像作製は現地の人権団体「リラ・ピリピーナ」などが2014年から始め、今年10月に碑文作成を要請してきたとした。1990年代の韓国での慰安婦運動をフィリピンに導入した団体だ。
 歴史委員会は、年間約30件の碑文を全国の歴史建築物などに設置しているが、新設の銅像が対象となるのは「異例」という。「マニラ市からの協力要請」を受け、歴史家らからなる委員6人で決めたと強調した。
 この委員は、日本政府の反発に「銅像は民間団体からの寄贈で、私たちの責任は碑文のみ。除幕式も招かれただけだ」と困惑した。6日にホームページで除幕式を公表したが、その後「騒ぎを受け削除した」。
 だが、遊歩道を管轄するマニラ市側の担当者は、慰安婦像の設置や除幕式を行政的に主導したのは、歴史委員会だと反論した。エストラーダ市長宛てに11月16日付で届いた除幕式の招待状は確かに歴史委員会から出されており、「招かれた」との説明とは食い違う。
 市長代理として除幕式に参加した幹部は、日中間の懸案事項に関わる式典に違和感を覚え、用意された祝辞の代読前に「問題になりませんように」と挨拶。歴史委員会の担当者に外務省の承諾を確認したが、「即答がなかった」と説明しているという。委員会と市側が責任をなすり付け合っている。

◆「慰安婦」を知らない現地市民
 フィリピンの慰安婦像の台座裏には、寄贈者の5個人・団体名が刻まれている。ほぼ全て華人だ。英語で「フィリピン人慰安婦の像」と記され、フィリピン人作製者名もある。もっとも、慰安婦像前で足を止めた市民数人に聞いたが、「慰安婦」を知る人はいなかった。
 慰安婦像を警備していた男性によると、像の建造が始まったのは今夏。銅像のはす向かいにある「アロハ・ホテル」に雇われているという。同ホテル経営者は台座裏に名がある華人、マニュエル・チュア氏。「マニラ市役所にも人脈を持つ」(地元記者)という。
 関係者によると、除幕式出席者らは、同ホテルに待機して式典に向かった。呼ばれたメディアは、中国国営新華社通信など中国系のみ。式典を報じたのも中国系だけで、現地メディアはほぼ伝えていない。当事者であるはずの元慰安婦や日本も“除外”された。
「日本メディアの取材は受けない」
 ほかの寄贈者名には、日本占領期に抗日ゲリラだった華人のほか、比華人団体「トゥライ財団」も。同財団は路上孤児救済などで実績がある。なぜ急に慰安婦問題に関与したかは不明だが、「日本メディアの取材は受けない」という。最後の「ワイ・ミン(惠明)慈善基金有限会社」は、香港が拠点で、創設者の鍾惠明氏は、中国本土の慰安婦救済や日本への賠償請求支援を行ってきたとされる。
 「慰安婦」をキーワードに海外の華人ネットワークを駆使する中国の反日プロパガンダは、オーストラリアでも2015年に行われたが、公共の場への慰安婦像設置の嘆願は、当該市が地方自治体の判断の範囲外だとして認めなかった。

豪州では問題が表沙汰になったこともあって日本政府も動き対抗した。だが今回、在フィリピン日本大使館は、除幕式翌日の9日の報道で動きを知った。連絡を密にしている大統領府や外務省へ問い合わせたが「向こうも寝耳に水」(幹部)で、後の祭りだった。

◆日比の友好に中国がくさび
 隠れて既成事実を積み重ね開き直る中国の手法は、南シナ海の人工島の軍事拠点化でも実証済みだ。
 人権派弁護士として慰安婦問題にも携わってきた、フィリピンのロケ大統領報道官は11日、今回の慰安婦像について「支持もしないし、反対の立場もとらない」と述べた。
 日比が戦後に築いてきた友好関係に、中国の新たなくさびが打ち込まれた。

【用語解説】フィリピンの慰安婦問題
 日本とフィリピン両政府は、先の大戦の賠償問題などはサンフランシスコ平和条約で解決済みとしているが、フィリピンで、日本軍占領下(1942~45年)に慰安婦だったという女性らが90年代に名乗り出た。村山内閣当時の95年に発足した「アジア女性基金」が「償い金」などとしてフィリピンの元慰安婦211人に1人320万円を支払った。これを拒否し日本政府に「公式な謝罪と賠償」を求める動きもある。

「中国の尖閣攻撃」 中国が用意する3つの軍事作戦はこれだ

【古森義久の緯度経度】2017.12.16
「中国の尖閣攻撃」に日本の備えは? 中国が用意する3つの軍事作戦はこれだ

 中国が日本の尖閣諸島を軍事攻撃で奪取する作戦計画を進めているという警告が米国議会機関から発せられた。日本にとっての真の国難は北朝鮮の核の脅威よりもむしろ中国の尖閣攻撃の危険ともいえるようだ。

 この警告は米国議会の超党派の「米中経済安保調査委員会」が11月に公表した2017年度報告書に明記されていた。同委員会は上下両院の共和、民主両党議員が指名する12人の専門家の委員を中心に「米中経済関係が米国の安全保障に及ぼす影響」を精査して政府と議会に政策勧告することを目的とする。このためとくに中国の軍事動向を広範に調査する。

 尖閣問題について同報告書はまず中国が現状を日本側による不当な支配とみなし、軍事力を使ってでも自国領にしようとしていることが日中緊迫の最大要因だという見解を記していた。その当面の証拠として中国海警の大型武装艦艇が4隻の艦隊を組み、毎月平均2、3回、日本側の領海や接続水域に一方的に侵入してくる事実をあげていた。

 同報告書は中国側がすでに尖閣諸島の日本側の施政権を骨抜きにしたとみなしているようだ、と述べ、その根拠として中国人民解放軍の国防大学戦略研究所の孟祥青所長による最近の「中国側は日本が長年、主張してきた尖閣諸島の統治の実権をすでに奪った」という見解を示していた。

 同報告書はさらに尖閣への中国のこの軍事がらみの攻勢が米中全面衝突にまでエスカレートする潜在的な危険をも強調していた。だが同報告書は中国が日本から尖閣を物理的、軍事的に奪う作戦を少なくとも3種類、実際に立案しているとして、その内容を米海軍第7艦隊の諜報情報部長を務めたジェームズ・ファネル大佐らの証言として発表していた。その骨子は次のようだった。

 ▽第一は「海洋法規の執行作戦」と呼べる中国海警主体の尖閣上陸である。この方法は中国海警が尖閣を自国領とみなしての巡視や陸地接近を拡大し続け、日本の海上保安庁巡視船を消耗戦で疲弊させ、隙を突き、軍事攻撃ではなく視察や監視という形で上陸する。

中国側は近くに海軍部隊を配備させておくが、あくまで戦闘は避ける姿勢をみせ、尖閣諸島に中国側としての公共施設などを建て始める。日本側はその時点で中国のその行動を許して、尖閣を放棄するか、軍事的行動でその動きを阻止するか、という重大な選択を迫られる。

 ▽第二は「軍事演習の偽装作戦」である。第一の方法が成功しなかった場合の作戦で、中国軍は尖閣近くで中国海警を含めて大規模な陸海空の合同演習を実施し、日米側にはあくまで演習と思わせ、その意表をついて一気に尖閣に奇襲をかけて占拠する。実態は「短期の鋭利な戦争」とする。

 ▽第三は「水陸両用の正面上陸作戦」である。台湾侵攻のような正面からの尖閣上陸作戦で、中国軍は尖閣規模の離島への上陸用舟艇も、空挺作戦用の戦略的空輸能力も、ヘリでの急襲能力もみな十分に保持している。その総合戦力を正面から投入し、尖閣の完全占領を図る。日米両国部隊との正面衝突も辞さない。

 中国側には以上のような準備があるというのだ。では日本側にはどんな準備があるのだろうか。(ワシントン駐在客員特派員)

歴史戦・第19部 結託する反日(上・中・下)

【歴史戦・第19部 結託する反日(上)】2017.12.12
「南京」の嘘、カナダで拡散 慰安婦像の増殖が止まらない 女性議員、大虐殺信じ「ネバー・アゲイン」


【「慰安婦」日韓合意】
 「80年前、旧日本軍はおよそ2万~8万人の中国人女性や少女をレイプし、30万人余りが殺害された。当時南京にいた欧米人の目撃者はこの世の地獄のような虐殺だったと証言している」

 11月30日のカナダ連邦議会下院。西部ブリティッシュコロンビア州選出で香港出身の女性議員、ジェニー・クワンの熱のこもった発言に議場から拍手が起きた。

 クワンはこう続けた。

 「南京大虐殺の後、旧日本軍の軍性奴隷システムは急速に拡大した。韓国、フィリピン、中国、ビルマ、インドネシアやその他、日本の占領地域から20万人ほどの女性がだまされたり、誘拐されたりして、売春施設で強制的に『慰安婦』として、旧日本軍兵士のために働かされた」

 クワンは国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」(世界記憶遺産)に「南京大虐殺文書」が登録されたことも紹介したうえで、ある団体に言及し発言を締めくくった。

 「カナダALPHAの献身に感謝したい」

 クワンは連邦議会での発言について、産経新聞の取材に「いかなる歴史的な残虐行為も記憶にとどめるべきだと信じている。『ネバー・アゲイン』の精神だ」とメールで回答した。

 南京事件と慰安婦。嘘と知らずに聞けば、その衝撃は強烈に違いない。

日中戦争時の昭和12(1937)年に旧日本軍による南京占領で起きたとされる「南京事件」から80年となる12月13日を控え、中国系住民が170万人を超える移民大国のカナダで「反日運動」が近年に例を見ないほど盛り上がっている。

 その運動の中心にいるのが、クワンが語った反日団体「カナダALPHA」(第二次世界大戦アジア史保存カナダ連合)だ。

 1997年に、香港出身の医師、ジョセフ・ウォンが東部オンタリオ州トロントで設立したのが最初で、カナダ各地に支部を持つ。米西部カリフォルニア州に本部を置く反日団体「世界抗日戦争史実維護連合会」(抗日連合会)の下部組織としても知られる。

 ウォンはこの年に、「南京大虐殺」の嘘を世界に拡散した『ザ・レイプ・オブ・南京』の著者で中国系米国人ジャーナリスト、故アイリス・チャンをカナダに招待し、同書を宣伝した。チャンは抗日連合会の支援を受けて同書を執筆した。

 ウォンは70年代後半、ベトナム難民の受け入れに尽力。現在は複数の老人ホームを運営する「慈善家」としての顔を持ち、地元トロントでは尊敬を集める。だが、日本への“追及”は容赦ない。

「ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)に対するユダヤ人の努力に感銘を受けて中国人は今まで何をしてきたんだと突き動かされた」

 ウォンは周囲にALPHA設立の理由をこう語っているという。

× × ×

 「カナダALPHA」が近年、力を注いでいるのは、中国などアジア系議員を動かし、12月13日を「南京大虐殺記念日」として制定する活動だ。オンタリオ州では昨年12月、香港系女性議員、スー・ウォンが法案を提出した。ウォンはALPHAとともに頻繁に集会を開き、計9万人以上の署名を集めた。

 法案は日本側の働きかけもあり、可決は難しくなった。代わりにウォンは10月26日、法的拘束力のない動議を提出し、出席議員わずか15人ほどで採択された。

 東部マニトバ州でもフィリピン系女性議員が記念日制定に奔走したが、賛同は広がらなかった。それでも記念日制定の動きが収まったわけではない。

 ALPHAは中国系住民が4割を占めるトロントのスカボロー地区で「アジア太平洋平和記念館」の建設計画を進める。「アジアの第二次大戦の歴史を学ぶ機会を提供する」とうたう記念館は、2019年の開館を目指す。無料で地元の学生らを招待する計画という。トロント教育委員会とは歴史資料の提供などを盛り込んだ覚書を結ぶなど、嘘の刷り込みに余念がない。

× × ×

 米国だけでなくカナダにも慰安婦像がある。トロント市中心部から北東に約25キロ離れた「韓国カナダ文化協会」会館の正面玄関前に15年11月、設置された。除幕式にはALPHA設立者のウォンをはじめ、国会議員らも出席したが、現地日本人は「反対運動をする時間もなく、設置されてしまった」と憤る。

 関係者によると、この慰安婦像は、15年春にブリティッシュコロンビア州バーナビー市での設置が失敗したため、トロントに移送された。人通りがない私有地で注目されない慰安婦像だが、協会側は市街地の韓国系店舗が並ぶ地区にある公園に、移転させようと水面下で動いているとされる。

 オンタリオ州では韓国系議員、レイモンド・チョーが、毎年10月を「韓国の遺産月間」とする法案の成立を目指している。チョーは「慰安婦問題に焦点を当てるのではなく、韓国の文化全体をたたえるものだ」と説明する。

 同時に「日本人ももっと日本以外のことを考えた方がよい。同じ歴史を繰り返さないよう、子供たちに伝えるのは、われわれの共通の利益だ」と繰り返した。
海外での中国や韓国の歴史戦の主戦場となっている米国には12基の慰安婦像・碑が立っている。今年に設置されたのはサンフランシスコやジョージア州ブルックヘブンなどの4基で、10年に最初の慰安婦碑が設置されて以降、単年では最多となった。

 今年は米連邦議会下院が慰安婦問題で日本政府に謝罪を求める決議を採択してから10年になる。下院決議をきっかけにニューヨーク、ニュージャージー、イリノイの3州議会、イリノイ州シカゴ市とカリフォルニア州サンフランシスコ市の議会などが相次いで同趣旨の決議を採択した。慰安婦に関する嘘や誤った認識は10年前より確実に米国内で浸透しているといえる。

 米国内の慰安婦像は、13年にカリフォルニア州グレンデール市に初めて設置された。翌年に現地在住の日本人らが撤去を求める訴訟を起こしたものの敗訴した。政府は訴訟と距離を置き続けたが、2月に米連邦最高裁に原告を支持する意見書を提出した。しかし、訴訟の流れを覆す決定打にはならなかった。

 今年は北米だけでなく、ドイツでも慰安婦像設置を目指す動きが顕著になった。3月には南部バイエルン州ウィーゼントの公園に慰安婦像が設置された。韓国の市民団体が欧州にも広げようと設置を進めた。
こうした反日活動を支える日本人も少なくない。今月3日にカナダALPHAがトロントで開催した行事には1980年代末から「南京大虐殺」の調査活動をすすめてきた「日本の有名な学者で70歳の元教師」(華僑向けメディア)という松岡環が参加した。

 松岡は自ら制作したドキュメンタリー映画「太平門 消えた1300人」を上映した。南京の太平門で「虐殺」があったとの証言を記録したものだ。

 松岡については、「南京大虐殺はなかった」と主張する勢力、「あった」と主張する勢力の双方から「事実誤認が多い」との指摘が出ているが、ALPHAは関心がないようだ。(敬称略)



 世界各地で「反日運動」が止まらない。日本の「責任」を追及する共通テーマは南京事件、慰安婦問題、徴用工問題だ。運動は拡大し定着化し、先鋭化している。第19部では日本を含め各地での動きを追う。


【歴史戦・第19部 結託する反日(中)】2017.12.13 07:16
「徴用工」に注がれる科研費 前文部科学事務次官の前川喜平氏は韓国と同調


 「KAKEN」という題字が書かれたデータベースがある。文部科学省および同省所管の独立行政法人・日本学術振興会が交付する科学研究費助成事業(科研費)により行われた研究の記録を収録したものだ。

 ここには次のような情報が掲載されている。

 「市民による歴史問題の和解をめぐる活動とその可能性についての研究」(東京大教授 外村大ら、経費3809万円)、「戦時期朝鮮の政治・社会史に関する一次資料の基礎的研究」(京都大教授 水野直樹ら、同1729万円)、「朝鮮総動員体制の構造分析のための基礎研究」(立命館大准教授 庵逧〈あんざこ〉由香、同286万円)=肩書は当時。単年度もあれば複数年にまたがる研究もある。

 外村、水野、庵逧の3人に共通しているのは、3月25日に長野県松本市で開かれた「第10回強制動員真相究明全国研究集会」で「強制連行・強制労働問題」について基調講演などを行ったということだ。

 この場で外村は平成27年に国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産に登録された長崎市の端島(通称・軍艦島)を含む「明治日本の産業革命遺産」について論じた。

 「ごく一部の新聞、産経新聞だが、(軍艦島で)楽しく暮らしていた。朝鮮人とも仲良くしていた(と報じた)。個人の思い出は尊重するが、朝鮮人は差別を感じていた。強制かそうではないかの議論は不毛だ。本人が強制と考えたらそれは強制だ」

研究会は徴用工問題に取り組んでいる「強制動員真相究明ネットワーク」などが主催した。同ネットワークは11月末、韓国の市民団体「民族問題研究所」とともに「『明治日本の産業革命遺産』と強制労働」というガイドブックを作成した。産業革命遺産の登録申請は従来の文化庁主導と違って「官邸主導ですすめたという点が特徴」としたうえで、こう指摘した。

 「誇らしい歴史だけを記憶するという、反省のない歴史認識は、再び日本を戦争ができる国にするためのプロジェクトと連動しています。『明治日本の産業革命遺産』の物語もこの一環とみられます」

 文科省関係者によると、科研費の審査は3人一組で行い、総合点で上位の申請が選ばれる。「自然科学分野と違い、歴史学はどうしても思想的な偏りがある」とこの関係者はもらす。

 28年度には九州大教授、三輪宗弘の研究「第二次世界大戦期の労働力動員ー朝鮮人の炭鉱への徴用を中心にして」(377万円)が認められた。徴用問題について長年研究している三輪は「炭鉱現場などで制度上、日本人と朝鮮半島出身者の間に差別はなかった」と語るなど、外村らとは立場が異なる。

 「KAKEN」にあるデータのなかで、三輪の研究のようなケースは少数である。むしろ、韓国や同ネットワークに同調する人物が今年1月まで文科省の事務方トップだった。

11月28日付の韓国紙、東亜日報に前文部科学事務次官、前川喜平のインタビューが掲載された。見出しは「安倍首相側、文科省の反対にも『情報センターの東京設置』で押し切った」。

 情報センターの設置は、一昨年の国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界遺産委員会で、日本政府が「徴用政策を実施していたことについて理解できるような措置を講じる」と表明した。平成31年をめどに東京都内に設置する方針だ。労働者の賃金記録などの1次史料や元島民の証言などの公開を検討している。

 インタビューによると、前川は次官時代の昨年9月、首相補佐官、和泉洋人に呼び出された。官邸に行くと、和泉から東京・六本木にある国立新美術館に情報センターを建設するのはどうかと聞かれたという。いったん持ち帰り、文科相、松野博一(当時)らの意見も踏まえ、「東京ではなく、遺産の大半が位置する九州に建設するのが良いというのが文科省の意見」と伝えたとしている。

 そもそも前川は「明治日本の産業革命遺産」をユネスコの世界文化遺産として申請することに反対だった。「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」を候補とするよう働きかけてきたが明治日本に先を越された。

前川は「遺産の肯定的、否定的な面を正しく説明しなければならない。日本政府は今からでも(情報センターについて)韓国と議論しなければならない」と強調。さらに、来年以降、小中学校で道徳の授業が本格実施されることについても「個人よりも国が重要であるという国家主義的な方向に動いている。危険だと感じる」と批判した。

   
× × ×

 前川同様に情報センターの東京設置に反対しているのが韓国政府であり、韓国の「民族問題研究所」と日本の「強制動員真相究明ネットワーク」などの市民団体だ。

 両団体は今年7月、他の市民団体とともに共同で声明を出し、「犠牲者を記憶するための情報センターの設置」を求めた。

 両団体が作成したガイドブック「『明治日本の産業革命遺産』と強制労働」には、「明治日本の産業革命遺産」に含まれた山口県萩市の松下村塾について、こう記述している。

 「日本は、松下村塾を、産業化をすすめる人物を育てた場所として、『明治日本の産業革命遺産』に組み込みました。しかし、松下村塾は、アジア侵略の思想と歴史を正当化する歴史観が形成されたところであり、産業革命遺産ではありません」

 両団体とともに、松下村塾を開いた吉田松陰批判を展開したのが「日本の加害責任」を訴え、戦後補償を実現しようと活動し、4月に死去した長崎大名誉教授の高實康稔だった。高實は昨年1月の論文「長崎と朝鮮人強制連行」(大原社会問題研究所雑誌)でこう記した。

 「近代日本の侵略思想の原点は吉田松陰と福沢諭吉にあるといって過言でない。(中略)松下村塾を世界文化遺産にふさわしいとすることは、これを推薦した日本政府が松陰の侵略思想を肯定することであり、ユネスコにしても『人類の普遍的な価値を保護する』(世界遺産条約)使命に反して不見識かつ重大な過ちを犯した」

 そのうえで、高實は松下村塾を「(ユダヤ人収容所の)アウシュビッツやリバプール(奴隷貿易港)のように、教訓とすべき負の世界遺産として位置づける可能性は追求されてよい」との考えを示した。ガイドブックでも「歴史の反面教師とするべき遺産を『負の遺産』と呼ぶ」とした。

   
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 高實が理事長を務めていたのが、長崎市内にある「岡まさはる記念長崎平和資料館」(以下、資料館)だった。この資料館は朝鮮人被爆者問題を取り上げた岡正治の遺志を継いで平成7年に設立された。

 資料館では友好館として提携している中国・南京の「南京大虐殺記念館」から提供された写真も展示している。旧日本軍の関東軍防疫給水部(通称731部隊)に関する資料を展示しているハルビン市の「侵華日軍第731部隊罪証陳列館」とも友好館となった。

資料館では展示だけでなく、講演活動も積極的に行っており、11月には陳列館館長の金成民を招いた。

 10月に上映したのが映画「太平門 消えた1300人」だった。映画の監督は松岡環。11月下旬にカナダの反日団体ALPHAの招待でトロント大で同じ映画を上映した松岡だ。資料館の近況案内には上映会についてこう記してある。

 「猛々しい言葉が飛び交う現在、あらためて大虐殺生存者の貴重な声に耳を傾け、共に知り、考えていきましょう」(敬称略)
     


【強制労働】端島など「明治日本の産業革命遺産」のユネスコ世界文化遺産登録をめぐり、韓国側は「強制労働」という言葉を盛り込もうとした。徴用は国民徴用令に基づいており、当時有効であった国際法上違法ではなかった。そもそも請求権問題は、1965年の日韓請求権協定で最終的に完全に解決済みである。ただ、日本側は韓国に配慮し「朝鮮半島などから多くの人が意思に反して連れてこられ、厳しい環境で労働を強いられた」と表明した。


【歴史戦・第19部 結託する反日(下)】 2017年12月14日
「南京」に「慰安婦」絡め…欧米巻き込み対日包囲網 華僑ネット数千万人、世界208カ所で式典


 「国家主席も出席する見通しで、大使が参列すれば追悼式典の後に非公式の面談を行う可能性がある」
 複数の関係筋によると、中国政府の外交当局は11月下旬から12月初旬にかけ、米英仏独など欧米諸国、タイやシンガポール、韓国などアジア各国、ロシアやベトナムも合わせ、少なくとも16カ国の北京駐在の外国大使らに、「南京大虐殺記念館」での13日の追悼式典へ出席を招請したという。
 国家主席、習近平と直接、面談できる場は各国の中国大使にとっても数少ない機会だ。
 結果的に何カ国の大使らが13日の式典に参加したか判明していないが、中国中央テレビ(CCTV)が映し出した中継映像では、外交団とみられる複数の人物の参列が確認された。当然のことながら、日本は招待されていない。
 日中外交筋はこうした動きを「歴史問題に関する“対日包囲網”の構築と共闘を急ぐ中国の作戦の一環」とみなしている。
× × ×
 海外との「共闘作戦」は外交以外でも多面的に進められている。「南京大虐殺記念館」が中心となって11月に行われた「南京国際安全区」跡地をめぐる歴史散歩もそのひとつだ。
 1937年12月の旧日本軍による南京占領では、米国人宣教師や英国人らに加え、ドイツ人までもが、南京市内にあった各国の領事館や、金陵大学や金陵神学院、金陵女子文理学院などの学校、医療機関を含む約4平方キロメートルのエリアを「南京国際安全区」として、旧日本軍の攻撃から中国人を保護したとされている。
 江蘇省南京市のテレビ局の取材によると、跡地を巡る散歩には、南京市内の大学などに留学中の外国人約150人が招かれた。外国語が話せる地元住民らと合わせて約300人が参加し、「約25万人の“難民”がこの国際安全区で救われた」との説明を受けた。
 南京大に留学中というポーランド出身の女性は同テレビの取材に「中国の大衆を救った当時の人々に感謝の念を抱いた」と答えた。
 80年前の南京事件をめぐり、中国と海外の連帯を印象づけるイベントとして、内外に報じられた。
 匿名を条件に応じた中国の歴史研究家は、「国際安全区で保護された約25万人の多くの命が守られ、大虐殺が始まってから数日後に南京から上海に船で逃れた米国人や英国人の記者によって、世界に事件が報じられた」と話した。
 虐殺されたという人数30万人に、保護されたという25万人を加えると55万人になる。当時の南京の人口を大きく超えるとの指摘もある。もっとも中国にはそうした「事実関係」にこだわりはない。
 「南京大虐殺記念館」によると、南京と同様の追悼式典は米国やカナダ、台湾も含む世界9カ国・地域の208カ所で行われた。いずれも「海外の華僑団体」が関与したという。海外移住者や子孫など数千万人に上る華僑と華人のネットワークが、対日包囲網に使われている。
 香港や台湾を経由し、中国当局から水面下の資金が海外の華僑団体に流れているとの情報もある。
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 江蘇省南京市の「南京大虐殺記念館」が約10年ぶりの改修を経て14日から再び公開される。
 「南京の慰安婦が日本軍に使用させられた避妊具や浴室の道具など“鉄証(動かぬ証拠)”を数多く展示する見通しだ」
 匿名を条件に取材に応じた中国の歴史研究家は、新たな展示は南京事件に「慰安婦」を密接にからませた内容になる、と指摘した。以前は「軍人に妊娠させられた」とする慰安婦が困惑した表情を浮かべている写真や、慰安所の入り口をかたどった模型など付属的で小さな展示のみだった。
 この歴史研究家は南京事件から80年という節目の年に慰安婦問題を結びつけるねらいについて、次のように説明した。
 「南京での日本軍の虐殺は(1937年12月13日から)40日間に及んだ。その後の8年間、南京占領時に強制された『慰安婦』問題が深刻化したため、両者は切り離せない」
 2015年12月に南京市内の慰安所跡地に資料を集めて作られた陳列館や、16年10月に上海師範大学キャンパスに置かれた中国慰安婦歴史博物館は、いずれも「南京大虐殺記念館」の分館扱いとなっている。
 展示だけではない。中国中央テレビ(CCTV)は13日の南京事件の追悼式典に合わせて、「日本軍による“慰安婦”への制度暴行を暴露する」と題した5回の特集番組の放映を11日に始めた。
 旧日本軍が強制的に朝鮮半島、中国各地などから若い女性を集めて慰安婦に仕立て、軍医が感染症など健康面を管理し、将兵らに“性奴隷”として提供した、とする非人道的な“組織ぐるみ”の暴行とする一方的な番組だ。
 中国はかねて「30万人の中国人女性が強制的に慰安婦として旧日本軍に連れ去られた」と主張している。被害者数として、なぜか符合する「30万人が虐殺された」との「南京大虐殺」と関連づけて内外に訴え、日中戦争の被害を誇張する戦術を一段と強めている。
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 南京事件80年をめぐっては、北京に本部を置く民間団体「中国民間対日賠償請求連合会」(会長・童増)が産経新聞の取材に対し、日本政府に謝罪と賠償を求める書簡を、12月7日付で北京の日本大使館あてに送ったことを明らかにした。
 書簡では南京事件について、「日本のファシストは人間地獄の製造者だ」と激しい言葉遣いで批判。「30多万人」との表現で、30万人を超える中国人の命が南京で奪われたとした。
 さらに、「憲法改正によって来年夏に日本は軍国主義を復活させようとしている」と的外れな論旨も展開した上で、「日本政府に南京大虐殺への謝罪と被害者への賠償を強烈に要求」との文面で締めくくった。
 この民間団体は戦時中に強制連行されて労働させられたという中国人や遺族を集め、日本企業に対する訴訟を相次ぎ起こしている。関係者は「生存者が100人を切っている南京大虐殺の生存者や遺族、元慰安婦や遺族に代わり、民間で訴訟を起こすことも検討していくだろう」と明かした。
 中国国営新華社通信は14年4月、1972年の日中共同声明で中国が放棄した戦争賠償請求に「民間や個人の請求権は含まない」との論評を配信している。この民間団体を通じて被害者や遺族らが、個人として賠償を請求する裁判を中国国内で起こす懸念もある。
× × ×
 南京事件を“象徴”とする対日批判のエスカレートぶりについて、冒頭の歴史研究家は、「昨年12月に首相、安倍晋三が日米戦争を引き起こしたハワイの真珠湾を慰霊に訪れたが、南京大虐殺については謝罪どころか否定する動きも日本にある」と不満を口にした。
 別の関係者は、「日本は対米和解を演出したつもりだろうが逆に中国人被害者の感情を傷つけたことに気付いていない」と、安倍の「真珠湾慰霊」こそが反発を招いたとする中国人特有の「理屈」を展開した。
 2015年10月、国連教育科学文化機関(ユネスコ)は中国などが申請した南京事件の資料を世界の記憶に登録したが、今年10月には、中国による慰安婦関連資料の登録を先送りした。歴史研究家は「双方あわせてユネスコに登録してもらうよう中国人は最大限の努力を続ける」と語気を強めた。
 中国などが官民連携で仕掛ける日本との「歴史戦」は激しさを増す一方で、静まる気配はまったくない。(敬称略)

 この連載は有元隆志、上塚真由、河崎真澄、田北真樹子、時吉達也、原川貴郎が担当しました。

移民問題、二つの進路 (上・下)「洗国」への道

■1.「洗国」

「洗国」という恐ろしい言葉があるのを知った。三橋貴明氏は近著『移民亡国論』で、こう説明している。

__________
 洗国とは、支那大陸において、「他国」を乗っ取る際に多用される(多用された)手法である。まずは、国内の流民を数十万人規模で「対象国」に移住させる。当初は「外国人労働者」として、いずれは「移民」として、膨大な支那人を送り込み、現地に同化させていくのだ。・・・

 いわば人口を利用した外国侵略だ。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

「今この瞬間も、チベットやウイグル(東トルキスタン)で行われているのが、まさにこの洗国なのである」と氏は指摘する。

 チベットはヨーロッパに匹敵する面積の国土を持っていたが、第二次大戦後にシナに侵略され、600万の人口のうち120万人が殺され、今や750万人のシナ人が移住して多数派を占めている。

 ウイグルもトルコ系民族の国だったが、第二次大戦後、やはりシナに併呑され、国土の一部は核実験場とされ、いまや2千万人の人口の41%はシナ人となっている[c]。ウイグル人の子供はシナに送られて洗脳され、女性もシナ沿岸部で漢族との婚姻を強いられている。ウイグル民族を漢族に同化吸収させる政策が取られている。

■2.「毎年20万人の外国人移民を受け入れる」

洗国の第一ステップ「国内の流民を数十万人規模で『対象国』に移住させる」と符合する動きが日本国内にある。平成26(2014)年3月に政府の経済財政諮問会議の「成長・発展ワーキング・グループ」が発表した「毎年20万人の外国人移民を受け入れる」という提言だ。

 外国人と言っても、来るのはほとんどがシナ人である。「在日外国人」を国籍別に見ると、平成19(2007)年に韓国・朝鮮人を抜いてシナ人がトップに躍り出て、すでに70万人に達した。この上に毎年20万人も受け入れると、そのほとんどがシナ人となり、十数年のうちに3百万人規模となろう。

 シナ人を3百万人規模で抱えた日本がどんな社会になるのか、欧米の移民先進国の実態を参考に考えてみよう。


■3.シナ人の「集住」する町

 どこの国からの移民も固まって暮らす傾向が強い。世界中に広がっているチャイナ・タウンが良い例だ。これを「集住化」という。

 日本国内に3百万人のシナ人が住むということは、大都市の一部、あるいはその周辺に、数万人から数十万人規模のチャイナ・タウンが数多くできる、という事である。すでにこの現象は起きている。

 埼玉県南部には、住民の40パーセントがシナ人という団地がある。階段には汚物がまき散らされ、窓からは生ゴミが降ってくる。これはシナ人にとっては普通の生活スタイルだ。

 カナダのバンクーバーは、人口210万人のうち約18パーセントがシナ系住民で、いまや香港にひっかけて「ホンクーバー」と呼ばれている。周辺のリッチモンド市にいたっては半数以上がシナ系で、街の看板もシナ語の方が英語より多い。シナ人は運転も荒く、交通事故は増加中。カードや紙幣の偽造事件も多発している。

 日本でも集住地区では、小中学校にシナ人の生徒が多数通うようになり、学校によっては日本人生徒が少数派になる。シナ人生徒による日本人生徒へのいじめも多発するだろう。

 ドイツの一部地域ではトルコ系移民が集住しており、外国人生徒が三分の一を超えると、クラスが「ひっくり返る」と言われている。言葉のハンディキャップや文化の違いで、クラス一体の授業がほとんど不可能になる。

 こういう地域からは、日本人家庭はどんどん逃げ出す。しかし、逃げ出せない日本人家族はシナ人が支配する市内で、チベット人やウイグル人のように少数民族として、差別の下で生きていかねばならない。


■4.「税金泥棒」

 日本語が自由に話せない多くのシナ移民の間では、当然、失業率が高まり、生活保護を求めるようになる。

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 2009年8月には、門真市で所得を低く申告し、生活保護547万円を不正受給し、親に「仕送り」までしていた中国人夫婦が逮捕された。2013年1月には、大阪市で生活保護費を不正受給しつつ、なんと4100万円もの大金を貯蓄していた60代の中国人夫婦がやはり逮捕された。とはいえ、これらのケースは、しょせんは氷山の一角にすぎないのだろう。]
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「ホンクーバー」では「シナ移民は税金泥棒」との声があがっている。夫は中国で稼いでいるので所得税をカナダに納めないのに、母子と両親はカナダ暮らしで、カナダ国民として教育や医療を受けているからだ。
 生活保護の不正受給は日本人の間にもあるが、シナ移民となると話が違ってくる。シナ移民が集住する地域では、彼らの票を目当てにシナ移民の便宜を図ろうとする市町村長や議員が増える。やがてはカリフォルニアのようにシナ系市長、シナ系議員まで生まれる。彼らは市町村役場の職員にも、シナ人を優先して採用する。

 今日でも、いくつかの自治体で国籍条項がないために、在日の人間が福祉担当者となっているが、シナ系移民が簡単に国籍をとれるようになったら、大手を振って生活保護の不正支給が行われる恐れがある。


■5.無法シナ社会の出現

 一般的に移民が集住する地域では、犯罪も多発する。シナでは犯罪を犯すと自転車泥棒でも死刑になったりするが、「人権社会」の日本では、たとえ捕まっても、冷暖房完備の留置所や刑務所で三食昼寝付きで遇され、病気や怪我もタダで治療してくれる。

 不法滞在者が勤めるシナ料理店などでは、ケンカや傷害事件が発生しても、110番通報されることはまずない。店が不法就労者を雇っていて、警察に通報されたら、不法就労助長罪で店の方が危ないからだ。こういう地域ではシナ・マフィアが取り仕切る。こうして日本の警察も手が出せない無法シナ社会が出現する。

 三橋氏の著書では、スウェーデンでは人口の約20%が中東などからの移民とその子孫であり、ストックホルム郊外には彼らが多数派を占めている街もある。そして約20%の移民がスウェーデンの犯罪の約45%を引き起こしているという。

 5人に1人の移民が約45%の犯罪を行っているのに対して、残りの4人のスウェーデン人が55%、すなわち一人あたりでは14%分で、移民の犯罪率は3倍以上である。スウェーデンはスウェーデン人だけが住む豊かで安全な民族国家というイメージがあったが、その犯罪発生率は移民が押し上げて、日本の13倍にもなっている。

 日本で犯罪を犯して検挙された人員の国籍別のデータを見ても、在日・来日合計のシナ人は約6千人で、日本人も含めた総人数の2%。シナ人はまだ人口では0.54%だから、人口当たりにすると日本人の4倍近い犯罪検挙率となり、スウェーデンと同様の傾向が見てとれる。


■6.シナ人の土木・建設会社で災害に対応できるのか

「毎年20万人の外国人移民を受け入れる」という提言の主目的は、労働力の不足を補うためだ。特に東日本大震災の復興需要や次期東京オリンピック関連工事で、土木・建築分野での労働力確保に向けて、外国からの技能実習生の受け入れ期間を3年から5年に延長する時限措置もとられた。

 しかし、三橋氏が全国の建設業の経営者にインタビューすると、例外なく「外国人は難しい。理由は、危ないから」という答えが返ってきたという。危険な高所作業や重量物運搬の多い建設現場で、日本語がよく通じないシナ人労働者を数多く抱えては、日本人の現場監督たちは安全確保だけで一苦労だろう。

 やや古いデータだが、1998年のシナでの「建設その他の産業」での災害件数は2万件以上、死亡者数は5,439人にのぼった[3]。わが国で、1件でも災害を起こすと、国土交通省から会社にペナルティが課される状況とは全く違うのである。

 シナ人建設労働者をさらに大量に導入しようとすれば、現場監督者もシナ人にしなければならなくなる。そんな企業からは日本人監督者も労働者も逃げ出すだろう。こうしてドイツのように3K(きつい、汚い、危険)作業は外国人労働者がやるものとされ、日本人は敬遠するようになる。

 平時はそれでも良いだろうが、いざ地震や台風などの災害時はどうなるのか。東日本大震災での原発事故の時には、東京都内にいた多くのシナ人、韓国人が姿を消した。彼らは生活のために日本に来ているのだから、日本と心中する気が無いのは当然である。

 地震後の倒壊寸前の建物を解体撤去したり、台風の中を河川の氾濫を防ぐ、などの危険な作業をしてくれるのは、同胞を護ろうとする日本人ならではの仕事である。災害大国のわが国において、危険な作業から逃げ出してしまう恐れのあるシナ人中心の土木・建築会社だけになったら、日本国民の安全は護れるのか。


■7.シナ政府の指示で暴動が起こせる

 危機の時に逃げ出すだけならまだしも、シナ人移民は危機を作り出す恐れもある。

 平成20(2008)年の長野オリンピックで、3~4千人のシナ人留学生が集まって、巨大なシナ国旗を林立させた光景を覚えているだろう。その一部が暴徒化して、チベット・ウイグルを支援する日本人グループを襲撃し、数十人の日本人が負傷したと言われている。

 シナ共産党政府は「外国に居住する中国人民」を含めたすべての人民を国防のために動員できる「国防動員法」を2010年に定めている。政府が動員令を発したら、成年男女はそれに従わねばならない。

 この法律を運用する組織化も進んでいる。オーストラリアに政治亡命したシナの元外交官によれば、日本には数千人規模の工作員がおり、さらに彼らから金銭を受けとって工作に協力する者は、その数倍から10倍いる。日本の主要な大学では、シナ人留学生の組織が作られ、年に1~2回、東京のシナ大使館から幹部が派遣されて、指示を与えている。

シナ河南省にある日本向け技能実習生の職業訓練施設では、軍事教練が行われていることが写真入りでレポートされている。シナは技能実習制度を突破口に、軍事教練した「移民」を日本に送り込んでいるのである。

 2012年、野田政権が尖閣諸島を国有化した際に、シナの各地で反日デモが起き、多くの日系企業が暴徒に襲われた。ある学校の男子学生全体にデモ参加が命じられた、とか、千円程度の日当を貰って参加した、という証言がなされている。シナ政府の工作であった事は間違いないだろう。

 この時は、シナ政府は、デモが反政府暴動にまで広がることを恐れて、途中でストップをかけたようだが、同様の暴動を日本国内で起こす場合は、そんな心配は無用である。欧州各国で移民暴動は頻発しているが、それらはあくまで自然発生的である。しかし日本ではシナ政府の指示に従って、シナ移民が暴動を起こす危険がある。


■8.世界中の国が移民政策を見直しているなかで

 わが国で移民受け入れ論が始まったのは1980年代からだが、その理由は次々に変わっていった。最初の「アジア諸国にも日本の繁栄を分かち与えなければならない」から、2009年頃には「人口減小時代に日本の活力を維持する」、そして2014年には「人口を100年後に1億人に維持するため」という珍妙な理由まで提唱された。

 三橋氏は、理由が頻繁に変わる裏には、大っぴらには言えない真の理由があるからだ、と喝破する。それは「みなさんの給与引き上げを防ぐために外国人労働者を大々的に受け入れます」という本音だ。

 移民労働力による低賃金を享受できるのは企業だけで、一般国民は賃金の低下を強いられるばかりか、上述のような移民社会のコストとリスクをすべて負わされる。

 いまや世界中が移民政策を見直しつつある時代である。カナダは移民受け入れの条件を厳しくした。スウェーデンでも「スウェーデンをわれわれの手に取り戻そう」とのスローガンを掲げる民主党が勢力を伸ばしている。イギリスがEUからの離脱を決めた理由の一つが、無制限な移民流入にストップをかける事である。

 EUの本家ドイツのメルケル首相ですら「(移民受入れの)多文化主義は完全に失敗した」と発言している。「メキシコ国境に壁を」というトランプ米共和党候補の強硬発言が一定の支持を受けているのも、不法移民が米国社会の大きな負担になっているからだ。

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 あなたの周囲に移民賛成論者がいたら、こう聞いて欲しい。「移民政策がうまく行っている国があったら教えてくれ。移民政策で失敗して困っている国なら、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、カナダなどいくらでも教えて上げるから」と。我が日本も、その一つになりつつある。
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 と、かつて弊誌は書いた。これだけ世界中の国々が移民問題に悩まされているのに、いまだに「毎年20万人の受け入れを」などと言っている向きは、国民を犠牲にしても、産業界の私利私欲を追求する確信犯だとしか考えられない。

 そして、もう一つ、忘れてならないのは、わが国が直面する移民問題とは、欧米諸国とは全く違った危険があることだ。それは十数億もの人口を持つ巨大な隣国が「洗国」の戦略をもって、わが国を狙っているという事である。


移民問題、二つの進路 (下)「大御宝」への道

■1.少子化の原因は未婚者の増加

 前号[a]では「洗国」というシナの恐るべき戦略を紹介して、安易な移民受け入れが、国民生活にどのようなコストとリスクをもたらすかを考察した。

 しかし、それだけでは移民受入れ論者の説得には不十分だ。彼らが「移民は必要」と主張する人口減少や労働力不足などの問題をどう解決するのかを、提案しなければならない。この問題を三橋貴明氏の『移民亡国論』[1]や政府の統計を参考に本号で考えてみよう。

 まずは人口減少の問題を先に取り上げよう。人口減少が食い止められれば、そもそも労働力不足の問題も相当に緩和されるからだ。

 人口減少の理由は、少子化、すなわち生まれる子供の数の減少である。昭和46(1971)年から3年間の第二次ベビーブームでは、出生数は年間200万人を超えていたが、昭和59(1984)年には150万人を割り込み、平成25(2013)年は約103万人まで落ち込んだ。

 出生数の減少には、以下の二つの仮説が考えられる。

(1) 晩婚化、女性の職場進出などで既婚女性が産む子供数が減っている。
(2) 未婚の男女が増えている。

 統計的に見れば、(1)ではなく、(2)が真の原因となっていることは明らかである。既婚女性が生む子供の数(有配偶出生率)は90年代に千人あたり66人と最低を記録したが、その後は緩やかに回復し、2010年代は79.4人と80年代をも上回っている。

 (2)を未婚率で見ると、「30?34歳」男性の未婚率は1970年にはわずか11.7%だったのが、2010年には47.3%にもなっている。すなわち、1970年代には30代前半で独身だった男性は10人に一人強だったのが、今や半分近くにも達している。女性の未婚率も同様に上昇している。

 すなわち未婚者が増えているから、子供の数も減っている、という、ごく当然の現象が起きているのだ。


■2.結婚したくともできない多くの成年男女がいる

 未婚が増えた理由は種々考えられるが、有力な原因は実質賃金の低下や雇用の不安定である。厚生省の調査によると、現在の日本で約600万人の男性が年収200万円以下で暮らしているという。その多くはパート、アルバイト、派遣などで雇用自体が不安定だ。

 女性では年収200万円以下は1180万人もいるが、パートタイムの主婦も相当含まれているので、以下、男性を対象に考える。

 男性で月収十数万円、それもいつ失業するか分からない状況で、結婚して家庭を持とうとするのは難しい。未婚男性の約85%は「いずれ結婚するつもり」と答えながら、結婚への障害として挙げられているトップが「結婚資金」、2位が「結婚のための住居」である[3]。その結果が「30?34歳」男性で半数近くが未婚という結果なのである。

 わが国は皇室が国民を「大御宝」と呼んで、その安寧を代々祈られてきた。そういう国で、結婚したくともできない多くの成年男女がいる、という事自体が大問題ではないか。


■3.「移民400万人」より「日本国民400万人出生増」

 仮に、何らかの政策によって、これらの人々の所得を上げ、雇用が安定したとしよう。そして独身男性6百万人のうちの三分の一の2百万が結婚して、平均2人の子供を持ったとすると、4百万人の子供が生まれることになる。

 4百万人の子供が増えたら、政府が受け入れようと提言した移民20万人の20年分に相当する。日本語もよく話せない、文化も習慣も異なる移民400万人と、日本で生まれ日本人として育った400万人のどちらが良いかは言うまでもない。

 さらに大きな違いが、その裏にある。移民を受け入れれば、国内の賃金ベースがさらに下がり、雇用も不安定になるので、未婚率が今以上に悪化し、少子化が加速する。移民を増やした結果、日本人の少子化が進んだのでは、さらに移民を増やさなければない、という悪循環にはまることになる。

 逆に、未婚率を下げることで出生数が増えれば、その出産、教育、結婚、家庭作りと、新たな消費需要が生まれ、経済発展の原動力となる。さらに彼らが成人して仕事につけば、税金を払って国家財政にも寄与する。まさに「子は国の宝」である。

 多くの未婚者の生活水準をあげて、結婚できるようにすることで、善循環を生み出すことができる。どのように彼らの収入を上げるかは、後で考察しよう。


■4.子供を産みたくても産めない

 経済的理由が少子化を招いている事を示唆するデータがまだある。

 子供一人を持つ夫婦が、「もう一人子供が欲しい」という出産願望は、「25?29歳 89.8%」「30?34歳 79.0%」と非常に高い。すでに子供二人を持つ夫婦でも「もう一人欲しい」という夫婦は「25?29歳 47.5%」「30?34歳 28.3%」もいる。
 しかし、実際の夫婦の出生児数は2人を割っている[4]。上記の強い出産願望と現実の出生数のギャップを見ると、子供を産みたいのに産めない、という夫婦が相当数いることが窺われる。理由はやはり経済的理由や住居の制約だろう。

 弊誌633号「『明るい農村』はこう作る ? 長野県川上村の挑戦」では、「信州のチベット」と呼ばれていた寒村が、高級レタスの栽培で農家の平均年収が25百万円にもなり、東京から多くの女性も嫁いできて、平均出生率(一人の女性が一生に生む子どもの人数)は1.83と全国平均より0.5人も多い、という事例を紹介した。

 産みたいのに産めない、という状況を示すもう一つのデータが、人工妊娠中絶である。近年は毎年20万件程度で推移しており、その理由の多くが「経済的理由」である。もちろん母体保護など別の理由もあるが、出産と育児・教育の負担を減らせば、せっかく授かった赤ちゃんを産めないという悲劇は大きく減らせるだろう。

 わが国は経済大国といいながら、低収入から結婚できない、結婚しても子供を作れない、子供を授かっても産めない、という点で、経済力が国民の幸せに結びついていない面があり、その結果が少子化となっているようだ。こういう国民の不幸を差しおいて、移民による穴埋めを図ろうとするのは、政治として本末転倒ではないか。


■5.30万人の生活保護受給者を再教育する

 次に、労働力不足の問題を考えてみよう。国内には、労働力として活躍できていない層がある。たとえば、30万人近くもいる「働けるにも関わらず、生活保護を受けている日本国民」。三橋氏は、こういう層をなぜ教育して、資格を取得させ、労働市場に送り出さないのか、と問う。

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 労働市場から退出したままの「日本国民」を「人材」(即席であっても)に育成するためならば、それこそ政府はいくらお金を使っても構わない。

 たとえば、働けるにもかかわらず生活保護を受けている30万人の「人材予備軍」に対し、1人100万円のコストをかけたとしても、「わずか」3000億円の支出ですむ。・・・

 3000億円のコストで、即席ではあっても「人材」に成長した、あるいは人材に成長する可能性がある「日本語が堪能」でコミュニケーション上の問題も起きない「専門職30万人」を、需要が拡大している分野に送り出すことができるのだ。

 仮に生活保護費用が、1人あたり平均月10万円だとすると、年間で120万円。人材育成に100万円を投じたとしても、それで彼らが職を得て、生活保護を脱することができれば、10ヶ月で回収できる。さらにこれらの人々の多くは税金を払うようにもなるだろう。

 金銭的な問題だけでなく、人は誰でも世間のお荷物になるより、自分の力を十分に発揮して、世のため人のために貢献したいという気持をもっている。そういう充実感を30万人の人が味わえるようになるだけでも、大きな価値がある。


■6.高齢者の活躍

 もう一つ、未開拓の人材のプールが高齢者層である。平成26(2014)年の日本人女性の平均寿命は86.83歳で3年連続世界一。男性は80.50歳で3位。長寿国として世界に誇れる記録である。我々の周囲には70代、80代で元気なご老人をよく見かける。

 平成25(2013)年の統計では、65歳以上70歳未満の高齢者人口は869万人[5]。この大半は定年後で無職と思われるが、たとえば70歳まで働けるようにすれば、その半分のみが就業したとしても、やはり400万人以上が生産労働人口に加わる。

 移民を毎年20万人、20年間受け入れるのと同数の労働力人口がすぐに生まれるのである。それも日本語に不自由しないだけでなく、人生経験も職業経験も豊かな人々なのだ。しかも高齢者が働ける環境を作れば、それだけ元気になって医療費も減るだろうし、年金の原資不足も緩和されるだろう。

 現代医学の急速な進歩により、2045年には平均寿命は100歳に到達しているだろうと予測されている。そういう時代に60代半ばで定年退職して、あとは暇を持てあましつつ、年金暮らしをする、という事自体が、時代にあわなくなってきている。

 弊誌926号「『寿命100歳』時代の生き方」でも紹介したように、高齢者の雇用を生み出す会社も健闘している[b]。我が国は高天原の神々でさえ、田畑を耕したり機織りをしたりして働いている。体が動く限りは働いて世の中のお役に立つことが幸せなのだ、というのが、我が国の労働観である。

 高齢者が働ける環境作りを進めることは、国家にとっても、企業にとっても、そしてお年寄りの生き甲斐のためにも良い施策である。


■7.労働人口不足が呼んだ高度成長

 以上は、人口減少を食い止め、生産年齢人口を増やすための余地がまだまだある事を示したが、それでもまだ人手不足の状態であったら、どうするのか、という反論が寄せられるかもしれない。

 人手不足が日本経済の縮小をもたらすのだろうか。三橋氏はその可能性を明確に否定する。かつての高度経済成長時代は、人手不足の中で、いや、人手不足だったからこそ実現した、と氏は主張する。

 昭和31(1956)年から48(1973)年までの20年近くもの間、日本のGDP(国内総生産)の平均実質成長率は9.22%にも達している。しかし、この間の生産年齢人口は平均で1.7%程度しか伸びていない。慢性的な人手不足で、地方の中学卒業生が都会に集団就職をして、「金の卵」と大切にされた時代だった。

 人口が1.7%増えれば、それに伴い経済規模も1.7%は膨らむ。逆にいえば、9.22%の経済成長のうち、人口増による部分は1.7%に過ぎない。残りの7.5%はコンピュータ化、自動化などを含む一人あたりの生産性向上によるものである。高度成長期の民間企業設備投資は、実質年平均17.33%もの率で伸びていた。

 人手不足だから、賃金が上昇する。企業は賃金上昇をカバーしようと、自動化設備やコンピュータ投資によって生産性を上げようとする。すると設備メーカーやコンピュータメーカーの売上げが増える。そしてそれらの企業に部品材料を売ったり、サービスを提供したりする企業も売上げが増大する。

 一方、就業者の方は高い賃金を貰って、結婚して家や車、家電製品を買う。こうした生活水準の上昇によって、消費需要が増大する。それがまた人手不足を呼び、賃金を上げる。

 人手不足が、生産性向上のための投資需要を呼び、賃金上昇によって消費需要も増やす。かつての高度成長は供給と需要が両輪となって、人も企業も、そして社会全体も豊かになっていったのである。これこそ国民を大御宝として、その安寧を実現する道だろう。

 高度成長時代に「人手不足だから外国人労働力の導入を」という安易な逃げ道に行かなかったのは幸いだった。この時、外国人労働力を入れていれば、設備投資は冷え込んで投資需要は増えず、賃金は下降して消費需要も冷え込み、高度成長は腰砕けになっていただろう。


■8.「洗国」への道か、「大御宝」への道か

 85%近くもの結婚願望を持つ青年が経済的制約に縛られずに結婚できる社会、2人、3人と子供を産みたい夫婦が自由に産める社会、そして70代、80代でも働きたい老人が働ける社会。それが国民を大御宝として大切にする国のあり方だろう。

 労働移民により人件費を安くして企業の利益を上げたいという近視眼的な政策だけでは、どういう国家を作りたいのか、という国家観が全く見えない。多くの国々の移民導入失敗から見れば、その道は移民による無法地帯を作り、国民の安定した生活を破壊する道だ。わが国では、さらにシナの「洗国」工作に乗ぜられる危険も大きい。

 外国人労働者を入れるかどうか、というのは、短期的な政策的選択の問題ではなく、長期的にどういう国家をめざすのか、という次元で考えなければならない。企業の目先の利益だけでなく、国民が労働者として、消費者として、そして生活者として、物言いをすべき問題なのである。
(文責:伊勢雅臣)


中国はモンゴルに何をしたか

中国はモンゴルに何をしたか
静岡大学教授・楊海英

WILL 2014年2月号より抜粋

◆犠牲者は三十万人
モンゴルに関して、ここにとてもショッキングな数字があります。大量虐殺のデータです。
 一九六六年、中国で文化大革命が勃発した時、内モンゴル自治区には百五十万人弱のモンゴル人が住み、一方、長城の南から侵略してきた中国人はその九倍にも達していました。そして、そんな自らの故郷において少数民族になっていたモンゴル人たちは、全員が中国共産党による粛清の対象となり、結果、一九七六年までの十年間に三十四万六千人のモンゴル人が逮捕され、十二万人が身体障害者になって、二万七千九百人が殺害されました。
 ただし、これは中国政府が公式に発表した数です。私は少なくとも十万人が殺害されたと見ています。私だけでなく英米の社会学者、複数の人が複数の地域でサンプリング調査していくと、やはり十万人の殺害という数字になってしまうのです。
 これに「遅れた死」、つまり逮捕されて拷問を受け、何とか家に帰れたものの、のちに亡くなった人を加えると、文化大革命によるモンゴル人の犠牲者は、およそ三十万人に達すると言われています。
 これはとても大きな数字です。先ほど申し上げたように、当時の人目は百五十万人弱ですから、ひとつの家庭から一人が捕まり、十五人に一人が殺害され、「遅れた死」を含めると五人に一人が亡くなったことになります。これら中国に暮らすモンゴル族全体が受難していた凄惨な歴史
を、私たち研究者および当事者たちは、中国共産党政府と中国人が一体となって進めたジェノサイド(大量虐殺・民族浄化)だと理解しています。
 そして、ここが大切なところなのですが、このように多くの人々が殺害された原因が、モンゴル人たちが日本の植民地時代に、日本人と仲良くして「対日協力」をしたということだからです。
 最初に私か、「中国によるモンゴルヘの弾圧を日本で語る意義」と言った意味はこれです。「満蒙時代にモンゴル人は日本と仲良くしていた、これは許せない行為である」。その口実でモンゴル人が大量に虐待・虐殺されたわけです。ですから、私はこのモンゴル人粛清問題をぜひ日本人に知ってもらいたいと思っています。これは日本の人たちにぜひとも考えていただきたい、アジアにおけるもうひとつの歴史なのです。

(中略)

◆悪質で残虐な性犯罪
 中国の文化大革命の間、南モンゴルでいったい何か行われてきたのか。私は実証研究に基づき、できる限り多くの資料を集め、当事者にインタビューしてきました。結果、中国共産党政府と中国人が一体となって、モンゴル人に対する一方的な大量虐殺があったことが明らかになりました。そしてその際、同時にモンゴル人女性に対する極めて悪質かつ残虐な性犯罪が横行していたのです。
 この中国によるモンゴル人ジェノサイドについて、私はいままで五冊の第一次資料を日本で刊行してきました。そして、このうちの第五冊は『被害者報告書』(風響社、二〇一三年)、つまり女性たちが自身の経験した性的被害を記した記録です。これには、被害者たちが誰にいつどのような目に遭わされたかということが、実名で書かれています。
 そのうちの数例を紹介します。 まず、内モンゴル自治区西部のトゥメト地域での実態。 たとえば、四家莞人民公社では共産党書記の白高才は中国人たちを集めて、モンゴル人女性を逆さまにしてその陰部を縄で引き、大怪我をさせた。中国人たちは妊娠中の女性の胎内に手を入れて、その胎児を引き出した。中国人たちは、これを「芯を挟り出す」棺芯と呼んでいた。
 また、内モンゴル自治区中央部のチャハル右翼後旗のモンゴル人たちは、次のように回想している。《ドルジサンという女性の牧畜民がいた。ある晩、中国人たちは彼女を裸にしてから手と足を縛った。そして、刀で彼女の乳房を切り裂いてから塩を入れ、箸でかき混ぜた。鮮血は箸に沿って流れ、床一面が真っ赤に染まった。彼女はこのように十数日間にわたって陵辱されて亡くなった》
 このチャハル右翼後旗のあるウラーンチャブ同盟では、計一千六百八十六人のモンゴル人が惨殺されていた。
 もうひとつ、以下はフフホト市に住むモンゴル人の証言。彼女は当時、ウラーンハダ人民公社に暮らしていた。
《私か住んでいた集落は五戸のモンゴル人からなり、九人の女性がいた。一九六八年二月のある日、中国人たちは片手に毛沢東語録を持ち、もう片手で鞭を持って私たちを叩いた。鞭が切れ、梶棒が折れるまで殴られた。親戚の二十代の女性は殴られて流産したが、中国人たちは大声で笑
い、喜んでいた。
 モンゴル人女性は例外なく中国人幹部や解放軍の兵士にくりかえしレイプされた。
 一九六八年の夏のある晩、彼らは私たち五人の女性を丸裸にして草原に立たせた。私たちは両足を大きく広げられ、股の下に燈油のランプが置かれた。すると、無数の蚊や蛾などの虫が下半身に群がってきた。このような虐待方法はその後、何日もっづいた。陵辱されている時、大勢
の中国人たちがまわりでみて、笑っていたのである》

◆文化大革命は平時だ
 近年、いわゆる「従軍慰安婦」を「性奴隷」(Sex Slavesjと見なす宣伝が活発化しています。これを人類の歴史のなかで見るならば、様々な議論があるでしょう。たとえば、そういう
システムを作らなければ民間の女性がレイプの被害に遭うのではないかとか、また日本軍だけじゃなく他国の軍隊もやっていたとか、「従軍慰安婦」を「性奴隷」と位置づけるアメリカも韓国も同様のことをやっていたではないかとかーそれぞれ主張はあるでしょう。
 しかし、私か申し上げたいのは、それらはあくまで戦時の出来事であり、戦時における性の問題です。つまり、戦争という非日常における軍隊と性の関係なのです。
 ところが、文化大革命というのは戦時じゃない。あくまでも平時なのです。これが第一の大きな問題です。
 そして二つ目は、虐殺もレイプもそうですが、中国政府は然るべき処置を何ひとつしてこなかったということです。これだけの性犯罪を含む残虐行為があったにかかわらず、誰一人逮捕もされず、ですから当然、処刑もされていません。
 南モンゴルでの虐殺を指示していたのは藤海清という中将で、毛沢東の部下です。南モンゴルでは彼を逮捕して裁判にかけるべきと求めましたが、毛沢東と周恩来は「彼は革命のために貢献した人だから」と一切の罪を問わず、無罪放免にしました。
 そして、もうひとつが先に例を挙げたように、その残虐極まりない暴力です。これはもう「従軍慰安婦」を「性奴隷」と呼ぶ以前の問題です。

◆中国の傍若無人な乱開発 
 中国はいま、国をあげて西部大間発という計画を進めています。内モンゴル自治区と新疆ウイグル自治区など、歴史的にずっと遊牧民たちが住んできた地域を経済的に発展させようという川家プロジコクトです。
  かつて日本人が満州から撤退したあと、中国人(漢民族)たちは現地の自然環境を無視して遠慮なく開墾し、多くの土地を砂漠化させました。
 現在、黄砂が遠く日本列島にまで飛んで来るのはそのせいです。彼らはなぜそんなことをしたのか? そこには、農耕と工業は遊牧よりも遥かに先進的で「立ち遅れたモンゴル人」は中国に同化すべし、という思想があったからです。
 それが二十一世紀から始まった西部大開発ではさらに強まっています。いま中国人が狙うのは、モンゴルやウイグルにある豊富な地下資源です。主に石炭と天然ガス、そして石油。レアアースにウランもあります。すべて彼らが手放したくないものばかりです。
 大量の中国人が移住し、傍若無人な乱開発が進められています。中国政府は、そこを「新天地」だと吹聴しています。西部人開発は「文明的な漢民族」が大量に移住して、「野蛮人のモンゴル人とウイグル人」を文明社会へと「助ける行為」なのだと宣伝しているのです。
 こうした背景のなか、二〇一一年五月には、内モンゴル自治区中央部のシリーンゴル草原にて、一人のモンゴル人遊牧民が殺害されました。
その付近では石炭の露天鉱が発見され、連日、昼夜数百台のトラックが殺到。漢民族による圧倒的なトラック隊は草原を無秩序に走り廻って、脆弱な植被を壊して土地を砂漠に変え、家畜を蝶き殺しても弁償もしませんでした。
 遊牧民たちは政府に陳情したものの無視されたため自発的に立ち上がり、環境に配慮した石炭発掘を求めます。しかし、漢民族は「モンゴル人を殺しても四十万元(約五百万円)払えば事は済む」と暴言を吐きながら、トラックの前に立ちはだかった三十代の男性を衆人環視の前で故意
に蝶き殺したのです。当然のごとく、その直後から内モンゴル各地で抗議デモが発生しましたが、すべて政府によって鎮圧され、多数のモンゴル人が逮捕されました。そう、歴史はまた繰り返されようとしているのです。
 中国が今後も大国になっていこうとするならば、これら少数民族の故郷に対する傍若無人な開発は続くでしょう。なぜならそこに埋蔵されている豊富な地下資源なしに、中国の継続的な経済発展は望めないからです。これはもう自治ではなく、植民地支配です。
 そしてこの帝国主義化はモンゴル、ウイグル、チペットに留まらず、その他の東南アジアの小さな国にまで広がっていく危険性もあるかもしれない。日本に対しても今年五月、中国共産党機関紙人民日報が「沖縄は日本により簒奪されたもの」であり、「琉球処分問題は歴史的に未解決」と伝えたではありませんか。
 繰り返して申し上げます。中国の民族問題は国際問題なのです。そしてこれは、日本とも決して無縁ではないのです。

著者 楊海英(ようかいえい)
 一九六四年、内モンゴル自治区(南モンゴル)生まれ。モンゴル名はオーノスーチョクト、日本に帰化したあとの日本名は大野旭、「楊海英」は中国名。北京第二外語学院大学日本語学科卒。一九八九年に来日し、別府大学の研究生、国立民族学博物館、総合研究大学院大学で文化人類学の研究を続けた。中京女子大学助教授、九九年に静岡大学助教授。二〇〇〇年、日本へ帰化した。○六年、静岡大学教授に就任。

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野生馬 太郎

Author:野生馬 太郎
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